「楽しい童話講座」  作:ア・リク 投稿日時:05/6/6


注意 以下の事項に当てはまる方へ。
・ハッピーエンドが好きだ。
・王子様とお姫様の恋を喜んで受け入れるヒト。
何気に某鼠ランドのファンだ。

読まないで下さい。(切実)夢が壊れても知りません。
文句受け付けたくありません。(何



今俺達は図書館で何かをやっている。え?図書館で勉強会でもやってるのか?うん、ありえない。
だったらプチ・パーティ?……係の人に殺される事間違いなし。
図書館で今、俺達がやっている事は…純粋無垢なお子様達の夢をぶっ壊す事だったりする。(何

事の起こりは20分前、リクが図書館にでも行こうと言ったのが始まりだった。
軽い読書でもーと思い、俺とマシーナの沙希、雪音が行く事になった。
まあそこまではいいとする、問題は、沙希が子供向けの絵本を発見してきた事だ。誰でも一度は読んでいるような有名な本が沙希の手に握られていた。

「意外な物、発見しましたー。」

文庫本や、辞書などが多く置いてあるこの図書館で絵本を発見してきた沙希は、軽く微笑みながら俺達の座っているテーブルまで来た。
雪音は「絵本だろ?意外なのか?」と言い、俺は簡単に雪音にココの図書館の特徴を教えた。
その後俺も、素直な感想として「小さい時によく読んだな。」と小さく言った。
小さく言ったつもりの言葉も隣の雪音には聞こえていたらしく、雪音は興味津々というオーラを出しながらも俺とリクに向かって言った。

「へー…そうなんだ。セルキーでも見ると…。主人は興味無さそうだけど見た事ある?案外好きだったり?」

沙希が持ってきた絵本に関心の無かったリクは、広辞苑くらいの厚さはある本を目の前から避け、雪音の問いに答えた。
その問いに、沙希、雪音、当然ながら俺までが凍りついた。それ程までに驚くような言葉だった。

「主人、もう1度お願いします。」
「聞こえなかった?…私、そういうの苦手。だって…あまりに残酷じゃない?」

いい要請…もとい、妖精や悪い妖精。王子様とお姫様が出てきたり、不思議な動物や魔法使いが出てくるファンタジー。
それを誰が残酷と言うか?……ああ、俺の(自称)婚約者だ。
大人から子供まで、絶大な人気を得ている絵本を、毛虫でも見るようにリクは見ていた。

「ごくありふれた童話だろ?」

俺のその言葉に、リクはさらりとこう言った。「子供に読ませるような物じゃないわよね?」……?
こういうものは大抵、子供向けに作られている、疑問の目をリクに向けると視線でわかったのか、言葉を続けた。

「例えばこの本…。」

リクは沙希の手から1冊の絵本を抜き取る、その本の表紙には透き通っている靴と、華奢な女性が描かれていた。
逆境から、素敵な男性の元へと嫁ぎ、幸せになる…元祖、玉の輿ストーリーと言っても過言ではない物語。
沙希は映画まで、ビデオで見た事がある、絵本も心を躍らせて見た記憶があった。

「この本の主人公ってさー、意地悪な継母と姉達からの陰湿な虐めに耐えて恨まない、健気で気立てよしの美人…ていう理想のお姫様ーだけどさ…。元々のやつって結構性格悪いんだよね。」
「…え?」

雪音の疑問を他所に、リクは本をよく見る、そして一言「この本じゃわからないか。」と言った。
雪音は沙希に何かを聞く、そして沙希は当然のように答える。
沙希の答えを聞いたリクは、手を左右に振りながら答えた。

「それってちょっとだけ違うの、王子様と結婚する時に継母とお姉さん達が『家族なんだから自分たちも式に参加する権利がある』って主張して、2人の後を付いていくんだ?まぁ……お姉さん達の方はあわよくばお城の誰かを捕まえようっていう心積もりだったらしいけど。
そうするとね、後ろを付いていく3人を確か……鳥が襲って目を抉り出しちゃうんじゃなかったかな……?」

あまりに想像し難い事をリクはいい、数秒後俺達は吐き気に襲われる。
そんな俺達をよそにリクは話を進める。

「当然前を歩いている2人にもそれは解るはずじゃない? 悲鳴だって聞こえてるんだからさ。それなのに、完全無視。さっさと先に進んで、目を潰されて這いながら進んでいる3人には目もくれないでお城に行っちゃうんだよ。
でもって盛大な結婚式をあげて、自分たちだけラブラブハッピーエン……ってのが、元の結末だったり。
残酷だからって途中でカットされたみたいだけどね?確か。」

思い切り嫌そうな顔で、リクは言う。コッチのほうが数倍嫌だったりする。
……知らないよ?そんな事。普通にハッピーエンドでいいじゃん?カット上等。

「あ、私コレも嫌い。」

次に沙希の手から抜き取られたのは、無償の愛の代名詞のような作品。
俺らに似ているけど違う種族が主役だったりするやつで、涙腺が見ている間に弱まった。

「最初に助けられた時にこの人魚の顔を見てるわけでしょ?いくら多少意識が混濁していたからってさ。次に目を開けた時に目の前に居た人が自分の命の恩人だと思い込むなんて、短絡すぎない?……って言うか、時間の経過くらい空の色で解るじゃない?
はっきり言ってバカそのもの?少しは頭を使えばいいのにね。しかもなーにを勘違いしたのかそのお姫様に惚れちゃって本当の命の恩人を完全無視。
それなのにそんなアホに恋焦がれた挙句自分が死ぬ方を選ぶなんて、その女の子も馬鹿なんじゃないの?はっきり言って、このバカ王子よりもいい男なんていくらでもいるじゃない。それなのに初恋だからって自分に酔いすぎてるんじゃないのかなぁ……。
「愛しい相手のために犠牲になる自分」なんて、美しく見えるのは自分だけで、傍から見るとかなりの間抜けだってこと……自覚すべきだと思うわ。」

……沙希硬直、雪音も硬直。ほぼノンブレスでお送りしました…じゃなくて。
ここまで捻くれていたか?俺の婚約者。5歳くらいに一緒に見た気がするけど……。
そんな事を考えている間に、リクの暴走は続く。

「これが実は1番嫌いだったりする」

その言葉に、沙希は溜息。雪音は「まだあるんですか?!」の声。
俺は…もう良いです。ついでにリクの手にある絵本の表紙には、美しいドレスを纏った女性と、着ぐるみのような姿をした獣……だろうか?
沙希は頭痛を堪えるように、こめかみを抑えた。
沙希にしてみれば、昔読んだ懐かしい本を持ってきて、少しばかり童心に返ってみよう……くらいの軽い気持ちしかなかった筈だ。
それが、どうしてこういう話になるのだろう?そもそも、たかが童話にどうしてリクはこんな偏った見方をするのだろう?

「まだ小学校1年くらいの時にね、姉様が学校の先生に少し情緒的に未発達な部分が見られます……」とか言われたことがあってね?
この手のものを与えれば大丈夫だろう! と思い込んだのか大量に買ってきたの、父さん達がビデオをわざわざ。
んで姉様が私なのは嫌、って言ってー私も道連れ、母さんは姉に全て見せるっていう偉業を成し遂げたわ? ……それが身になったかどうかは別として。」


思い出した、凄く殺気が出ていた時の事だ。どうして俺は思い出せなかったんだろう……。
あ、あまりに恐ろしくて記憶を封印していたんだ。沙希は顔面蒼白、雪音も沙希ほどではないが大分酷い。
一緒に見ることを強要されたリクの方こそいい迷惑だと思うがが、これまた抗議しても無意味なことは重々承知していたので、黙って一通り見ることを受け入れていたのが記憶として残っている。(俺は窓から覗いていた)
大抵の話は本当にご都合主義で、幼い俺から見てもバカバカしいとしか思えない内容だったのだが、リクがその中でも特に不快感を覚えたのはこの話だったのだ。何故か実写版とアニメ版と両方見ることになり、最悪だった事も憶えている。

「バレエの動きを基本にしているとかなんとかで、はっきり言ってこの会社のアニメ自体がくねくねと鬱陶しい動きばかりしていて、生理的に好きになれなかったんだけどね。
まあそれは置いといて…実写版の方はすっごく古いのだったみたいで、モノクロだったんだけどね……。お城に行って、用意されていた豪華なドレスを着て、用意してもらった豪勢なディナーを遠慮なく平らげたこの女の人が、メチャクチャ緊張しながら『結婚してくれ』って言った相手になんて答えたと思う?」

「結婚出来ない…でしたよね?」

沙希は何とか言葉を発した、だがリクはその言葉を「違う。」と小声で言い、首を振った。
肩を竦めながらもリクは「アナタはケダモノよ。」と俺に向けて言った。
……俺ですか?まさか……立派な霊長類ヒト科ですよ?一応。(何

「え?」

「だーからー。自分の為に用意されたドレスや宝石や食事を受け取っておきながら、『あなたはケダモノでしょ。結婚なんて出来るわけないわ』って言いきったんだよ。」

「思いやりのカケラもない言葉だと思わない?」とボソリと言うリク。
いや、格好ケダモノだし、しょうがないし。可哀想だし、主人公そこまで言われちゃ。
……確かに、相手も可哀想だけどさ。

「大体さぁ?この話のラスト自体、すっごく嫌なんだよねー。」

顔を歪めるリクに、沙希・俺は改めて記憶を辿って、この話のあらすじを思い出した。
元の王子様に戻って、2人の想いが通じ合ってめでたしめでたし………だろ?どこがいけないって言うんだ?
真実の愛で歪められた姿を元に戻す……と言うのは、女の子なら一度は憧れるハッピーエンドだ。

「別に、野獣の姿のままでもいいじゃない?」
「いえ、元に戻るのが物語ですし……。」

真理を言うように、バッサリ衝撃的な事を言ったリクに、沙希は何とか反論した。
元に戻らなきゃ意味がない、一生ケダモノ姿なんて…俺も嫌だ。
雪音は話がわからないらしく、「気になるなら読んで下さい。」と沙希に本を押し付けられた。

「元の王子様の姿に戻れたのは、意地悪だった自分を反省して、上辺の姿形に惑わされずに自分を愛してくれる人を見つけることが出来て、真実の愛に目覚めたことへのご褒美ですよね?」
「みたいだねー。」
「それのどこがいけないんですか?」

リクは沙希の言葉に顔を歪めつつ、次の言葉を発する。

「だから……野獣は妖精の呪いを解きたかったんでしょ? っていうか、時間的に今回解けないと一生野獣のままになってしまうから、後がなかったって言うのが正しいけど。」
「……そう、ですね。」
「ってことは、別にこの人じゃなくても良かった訳じゃない。」
「そんな訳ないじゃないですよっ!」
「どうして?たまたまお間抜けな父親が捕まった代わりにこの人が来ただけのことで、野獣が『この人じゃなくちゃイヤだ!』って言って選んだワケじゃないじゃない。」

確かにそうかもしれないけれど。
童話にそこまで求められても…………。

「ってことはさ。『もしかしたらこの人が自分を好きになってくれたら、元の姿に戻れちゃったりするのかな〜?』っていう、妖精の反応を見るための当て馬……ってことでしょ?」

沙希は最早言葉もなくぐったりと机の上に突っ伏すと、「あはは……」と乾いた笑い声を上げた。当て馬……。あの、世界中を感動させたヒロインを「当て馬」呼ばわり……。流石は俺の婚約者。捻くれ方も一筋縄ではいかないわ……などと自分でも意味不明のことを思いながら、俺はため息を吐いた。
ところがリクの毒舌はこんな所では止まらなかった。

「後さ。野獣がバルコニーから落ちて死にかけて、『死なないで〜』って取りすがる場面あるでしょ?」 「……ああ、あったな。」

一番のクライマックスシーンだ。
そこで彼女が口にする「どんな姿でもあなたを愛しています」というセリフで、野獣の呪いが解けて城の中にいるもの全員が元の姿に戻るのだ。(何故死にかけるくらいの大怪我が治っているのかは目を瞑るとして)

「あれってさぁ…。いわゆる、つり橋効果……ってヤツじゃない?」
「…………………。」

沙希は以前本で読んだことを思い出しながら、どうして自分の主人はこういう言葉には詳しいのだろうとこめかみを押さえた。
つり橋効果。そこまで言うか……。
つり橋効果というのは心理学用語の一つで、極限状態での不安や興奮、あるいは喜びにより、恋愛感情に影響を与えるホルモンであるノルアドレナリンやPEAなどが出やすくなり、近くにいた異性を恋愛感情の対象として捕らえやすくなる状況のことを指す。
例えば吊橋のように揺れる、足場が不安定な場所に居ると、人は精神的な安定を欠いた状態に陥りやすい。
もしかしたら落ちるかもしれない……という不安感からくる胸の動悸を、目の前に居る異性にときめいているからだと思い込み、知らずうちに恋愛感情に摩り替えてしまうのである。これは実際に心理学の実験でもかなりの確立の高さで立証されている。(ただし、この効果で生まれたカップルは長続きしないとも言われている……。)
つまりリクは、『このまま野獣が死んでしまうかもしれない』という不安から来る動悸を、『本当に好きな人はこの人だったんだわ…。』という感情の高まりと錯覚した……と言っているのだろう。

「つまりは自分に酔っていた……ってトコだね。見た目が醜い野獣でも、自分はその奥の善良な人間性を理解して真実の愛を誓ってあげられる、物事の本質を見抜く目を持つ賢く健気で誠実な女……って感じでさ。まぁ、実際に死にかけてる極限状態なんだから、野獣の方でもそれを『真実の愛に目覚めた』って勘違いしたって無理ないんじゃないの?」
 
既に反論する気力もなく俺も沙希も頭を抱える。そこまで言い切るか。世界中の女の子を感動させたラブストーリーを、吊橋効果にナルシスト呼ばわり……。

「だからさぁ……つり橋効果じゃなくて、あくまで見た目に拘らない真実の愛だ……って言うんなら、別に最後で取ってつけたように王子に戻らなくったって、野獣のままでも愛は続くわけでしょ? だったらそのままでいいじゃない。」
「……童話にそこまで求めても……。」

お子様向きの「めでたしめでたし」で終わるお話なのだ。
そこまで捻くれた受け取り方をする『子供』がいるなんて、誰が思うだろう?

「それにさー。」
「まだ、あるんですか?」

泣きたい気分で言う沙希の前で、リクは指を立ててみせた。

「この話も原作のラストがすごく酷くてね? 人間に戻った野獣とらぶらぶ〜な状態の所に、事情を知った家族が妖精に連れられて現れるんだよ。んで、何故か全ての元凶になったはずの父親は『よかった、よかった』で娘と抱き合って、新婚CPと一緒にお城で暮らすことになるんだけど、対照的なのが姉2人に対する扱いで。」

野獣を元に戻した妖精は、今度は2人の姉に呪いをかけたらしい。優しく美しい妹に嫉妬して、今までずっと辛く当っただけでなく、野獣の元で幸せそうにしていることを妬んでわざと帰れないように図った……という理由で。

「2人を石像にしてね? なんとお城に飾っておくように言うんだよ?」

リクは大きく溜息をついた。

「それでもって言うことが、『妹が幸せに暮らしているのを見ても妬まないようになったら、人間の姿に戻れます。それまではそうして石像のままここで彼らの暮らしを見ていなさい』メチャクチャだと思わない?……あれ?沙希?レオンー?雪音?」

淡々と語っていたリクは、そこで漸くぐったりと机の上に突っ伏している自分のポケモンと幼馴染…俺の姿に気がついた。

「……?どうしたのさ、3人とも?」

不思議そうに声をかけるリクに、沙希は疲れ切った声で「何でもないです。」と答えた。
絵本を読み終わって、途中からリクの言っていることを理解できるようになった雪音も乾いた笑いを零している。

「お前さ……ちょっとひねくれ過ぎ。」
「そう?当然じゃない?これくらい。」

何故俺達が疲れているのか全く解っていないリクは、新たな絵本を取り出そうと手を伸ばす。
それをすかさず雪音が押さえると、その隙に沙希は机の上にあった絵本を急いでかき集めた。

「私、これ返して来ます……。」
「え?でもまだ読んでもいないのに?」
「返してくるの!」

沙希の敬語が崩れた。原因が一体何か………。
リクは絶対気付いていない。