グランシェがカフェパに来るまで  作:桜道 投稿日時:2016/08/21


「お母さん! お父さん!」

静かだった港から小さな子供の甲高い声が響く。人間の腕にはしきりに両親であるレントラーに手を伸ばす金色のコリンクが抱えられていた。
 二匹のレントラーは牙を剥いて唸りながら人間を睨みつけ、噛みつこうと飛びかかった。しかし、人間はすかさずモンスターボールを投げてボーマンダに行く手を塞ぐよう指示した。二匹はボーマンダに行く手を塞がれ、助けに行こうにも行けない状態でいた。

「金色のコリンク! こいつは高く売れるぞ!」

人間はそう言いながらレントラー達を嘲るかのように見下し、高笑いをすると中型の船に乗り込んだ。
 船が進んで数分間、金色のコリンク──グランシェは必死に抵抗したが、人間に敵うはずがなく両親に手を伸ばすのを諦めていた。二匹が見えなくなると橙色の瞳を潤ませ、やかましいくらい泣き叫んだ。人間に口を塞がれそうになると、咄嗟に指に噛み付いて、怯んだ隙を狙って船から飛び降りた。もちろん、そこに地面は無く、ただ広い広い海が波を立てて揺らめいていた。船に戻れるはずがなく、そのままグランシェは海に落ちていった。



 そこでグランシェはハッと目を覚まし飛び起きた。目を見開いたまま、しばらく息を荒げる。数分後、やっと息が収まると安堵のため息を深く吐いた。

「夢で良かった……」

窓に柔らかく差し込む光が眩しく、目を細めながら空の明るさを確認した。どうやら、見た感じ朝のようだ。一つ大きな欠伸をして、伸びをすると外に出た。早朝だからだろうか、どの建物もひっそりとしている。元からここ、ネーレス集落の人口はそんなに多くはなかったが、昼間の賑わいは他と比べて変わらないほど賑わう。そう言えるのは、この大陸の人口の偏りが激しく、戦争の起きやすい大陸だからだろう。つかの間の幸せを噛み締めるためだ。
 グランシェは朝靄が立ち込める中、集落の端に流れる小川に顔を寄せて水を飲み、顔を洗うために顔全体を水に突っ込んだ。周りは山ばかりだからか、小川の水は底が見えるほど澄みきっていた。小川から顔を離すと同時に後ろから声が聞こえた。

「おはよう、グランシェ。中々早いね」

声の方を振り向くと、白く薄い腰巻きと両耳に灰色のリボンをつけたピチューが歩いてきていた。それを見て、パッと顔を明るくして、えへへと照れくさそうに笑った。

「眠りが浅いのかな。早く目が覚めるの」

と、さっき見た夢を誤魔化すように言った。顔色の変化に気付いたのか、そのピチューはグランシェをまじまじと見つめた。グランシェは誤魔化したのがバレてしまったのかとドキッとして黙ってしまった。二匹の耳には川の流れる音と木のざわめきだけが聞こえていた。

「……また見たんでしょ。あの夢」

沈黙を破るようにピチューが口を開いてそう聞くと、グランシェは渋々頷いた。目を合わせないように目を伏せ、申し訳なさそうに尻尾を揺らす。その様子を見てピチューは少し耳を垂らした。

「私、別に怒ってないよ? ただ……、グランシェの力になれなくてこっちが申し訳ないくらいだよ」

「そんなことない! リーラは悪くない! 悪いのは……」

急にグランシェが叫ぶと、目の前のピチューのリーラは驚いて目を丸くした。言いきる前にリーラの驚く顔を見て、再び目を伏せ「ごめん」と謝った。リーラは黙ったままグランシェの隣に腰かけた。
 ──その瞬間だった。
 かすかだが、爆発音が響いた。二匹は耳をピンと立てて、互いを見合った。川の中を泳ぐコイキングが跳ね上がる。二匹は上を見上げ、山の方で煙が立っているのを確認すると強く頷いて、すぐさま集落の家々を回って住民を叩き起しに行った。避難するよう呼びかけるのだ。早朝4時、こんな時間に戦争が始まるなんて誰も予想しなかっただろう。誰も目を覚まさず、焦りが押し寄せてくる。あの爆発音が近づいてきた。もう少しで間に合わなくなるところだったのを、二匹の声を聞いて、間一髪住民達は目を覚ました。住民達は慌てて外に出て、避難しようと爆発音の逆方向の森へ向かった。全員が避難したのを確認すると、二匹も住民達の後ろにくっついて走り出した。



 爆発音から遠ざかろうと獣道の無い森をひたすら走り続けていると、視界の端で朝靄が白い霧に変わっていくのをグランシェは見た。次第に霧が深くなっていく。
 ──まずい。そう思ったが、手遅れだった。前方を見ると、自分の前を走っていたリーラが霧に紛れたのかいなくなっていた。思わず目を見張った。しかし、立ち止まるわけにもいかず、そのまま突っ走っていこうとした。立ち止まっているより、前に進めば合流できるだろうと思ったからだ。グランシェは必死に霧の中を走った。
 ふと、土の感触が消えて不思議に思って足元を見ると、土ではなく砂に変わっていた。土より粒が小さく、踏み込むと砂に足をとられて少し沈む。それでも、霧が晴れるまで走り抜けると、自分の世界とは違う空気を感じた。
 空を見上げると、さっきまで明るかった空が暗くなっていた。22時くらいの空の暗さだ。そして、周りを見渡すと、なんと入り江の真ん中に立っていたのだ。驚いて振り向くと、背後には濃い霧がもやもやと蠢いていた。

「ここ……どこ?」

第一声は虚しく、独り言で終わってしまった。なにか、自分の知っているものとは違う雰囲気だ。来てはいけないところに来てしまったのだろうか。しかし、だからといって戻るわけにもいかない。そのまま進むことにした。
 道なりに進んでいくと、広場に出た。広場にも誰もおらず、気味の悪いくらい静まりかえっていた。再び歩き始めると、小屋のような建物を見つけた。誰かいるかもしれない。そう思って近づいてみる。ドアを開けると、そこには白いエプロンをつけたポケモン達がせっせと働いていた。接客担当であろうサーナイトがグランシェに気付き、こう言った。

「いらっしゃいませ! カフェ『パーティ』へようこそ!」

こういう類いの店、そもそも店という概念をよく知らなかったようで、グランシェはどぎまぎした。とりあえず、近くのカウンター席に座ると、一息ついた。周りを見てみたが、リーラも他の住民も見当たらない。だが、彼女は皆なら大丈夫と信じていた。安心して一気に力が抜けてしまったのか、そのまま眠りに落ちていった。

*End*