飛べない鳥になったわけ  作:Rista 投稿日時:05/9/5


気がつくと、絶えず滴り落ちる水が身体を濡らしていた。

そっと目を開ける。
森の木々と、その間に横たわる自分自身の上に、雨が降り続いている。

――何だ、この奇妙な感覚は?

ゆっくりと身体を起こす。
天空を指し示す梢が異様に高く、遠い。
周りに生い茂る草木もやたらと大きい。
立ち上がってもなおそれは変わらなかった。

違和感の理由はすぐに分かった。
周りが変わったのではなく、自分の視点が低くなっていた。

――此処は……何処だ?

立ち上がり、届く限り手を伸ばして、背中に貼りついた泥を払い落とす。

最後に覚えていること。
砂のように崩れ去っていく自分の両手と、動揺と悲しみの目でそれを見つめる顔。
そして――突然襲いかかった、白い闇。

何とはなしに両手を見つめた。
泥がこぼれ落ちた後に残ったのは、柔らかな羽毛に覆われた短い指。
明らかに、人間やそれに類する種族のものではなかった。

足元の水たまりに目を落とす。
丸い身体とくちばしを持つ黄色い影が、こちらを覗き込んでいた。


 ………………


「……見つかってたらとっくに連絡してます。ちょっと待ってくださいね、こっちの用事が……」

ここは、カフェ「パーティ」にほど近いフリーバトル場。
現在の地主でありカフェのオーナーも務めるRistaは、暇つぶしも兼ねてフィールド整備をしていた。
が、途中で掛かってきた電話により、清掃は中断を余儀なくされていた。

ギラッド「(歩いてきて)Rista、手伝うぞ!」
車ニア「あ、こんにちはバトルですか?」
ドラン「バトルじゃなくて整備ですねw地面や岩のポケモンがいれば思い切り役に立てますよw」

バンギラスのギラッド、サイドンのドランがフィールドに入ってきた。
時は夏祭りのまっただ中。今この時間も、店内は種族を問わず様々な客で賑わっているはずである。

Rista「(来たふたりを見て)……あ、手伝ってくださるんですか?でしたら道具は入口近くにまとめてありますので。」
ギラッド「ああ、わかった。任せな!(道具を取りに向かう)」
ドラン「あ、はいはいw(道具を取りに入り口へ)」
Rista「(通話再開)……まあ、この森にある可能性は低いんですよね?あまり心配は要らないかと。」

ふたりは電話の相手を優先したRistaに代わって入口へ歩いていく。

ギラッド「(先にたどり着いてドランに一つ投げ渡し)ほらよっ、ドラン!」
ドラン「おっと!(受け取り)あ、先輩コンダラがありますよw(整地用のローラー指差す)」
ギラッド「(ローラー見)おう、んじゃオレはあれをやろう。」
車ニア「これからどうしようか・・・(顔を覆う)」
ギラッド「(車ニア見)おーい、お前も一緒に整備しないか?」
車ニア「え、ああそうします。(歩いていく)」

先に来てRistaと立ち話をしていた少年、車ニアも巻き込んで、整備の続きが始まった。
ローラーを取ったものの、目立つ石を拾うのが先だと気づき、3名で集め始める。

Rista「どうしても見つからなかったら、ここの人達にも聞いてみますから。……では。(電話切り)」
ドラン「・・・探し物ですか?Ristaさん。」
Rista「ええ、少しばかり厄介な捜し物で。(携帯しまい)……さて、集まった石を運んできます。」
ギラッド「(石ころを集め終わり、ローラーを引っ張ってくる)・・・・ん?」
ドラン「厄介な・・・?あ、どうぞーw(袋に石を入れつつ)」
Rista「(袋に石を入れるのを手伝いつつ)……人やポケモンなら呼べば反応しますけど、物はそうもいきませんし。」
ドラン「ですよねぇ・・・;」

ギラッド「えっと、車ニアは・・・そうだな、お前もローラーできるか?」
車ニア「一応出来ますけど・・・」
ギラッド「んじゃ、もう一つ入り口付近にあるから、そいつを使って手伝ってくれ。(転がしつつ)」
車ニア「はーい(ローラーをとりに行く)」
ギラッド「(ゴロゴロ・・・)ったく、全自動じゃねぇのは疲れるぜ;」

愚痴りながらローラーを転がすギラッド。
彼の出身地である銀河共和国は地球よりはるかに進んだ科学技術が溢れている。
きっとこういった作業は人やポケモンの手を使わないものになっているのだろう。

ギラッド「(Rista見)で、Ristaは何を捜しているんだ? 協力できればするぜ?」
Rista「(石を詰めた袋を閉じ)……鍵、ですね。“向こうの世界”にあったんですが、ちょっとした事故で霧の中へ飛んでしまって。」
ギラッド「カギ? すると、この世界にあるって?」
ドラン「鍵・・・何の鍵で?」
Rista「えーと、S氏の本体というか、媒体の鍵です。この世界にある可能性はそんな高くないんですけどね。(袋を持ち上げ)」
ギラッド「・・・・でも、ゼロじゃねぇんだよな。」
ドラン「あぁ、聞いたことありますね;」

ここでの“向こうの世界”とは、Ristaにこの森とカフェの所有権を与えた人物が住んでいる場所を指す。
少し前にそこでRistaが事件を起こし、カフェの常連客をも巻き込む騒動に発展したのだが、 既に一件落着となっているので詳しくは触れない。

その世界に置かれているのがRistaを監視する組織、通称「統轄本部」。
プロジェクトPにも何度か登場しすっかり有名となったS氏も現在はその一員である。

Rista「まあ、どうしても見つからなければ、改めて協力を依頼します。(袋をフィールドの端に置く)」

それから4名は一通りの整備を終え、ばらばらにフリーバトル場を後にした。


 ………………


雨は次第に深い霧へと変わっていく。
宙に舞う細かな雫を震わせて、低いうなり声が響く。

原因不明の頭痛を抱えながら走る。
声の主から逃げる理由、それは直感に他ならない。
追われている理由――までは分からない。

黒い影が頭上を飛び越え、目の前に降り立って向きを変えた。
口を目一杯開け、鋭く汚れた牙をこれでもかとばかりに見せつける。

その姿勢のまま、相手は飛びかかってきた。
とっさに横へ飛んで牙を交わすが、それも一歩遅れたら捕まっていただろう。
それほどに相手は素早い。
そして、自分の動きは鈍くなっていた。


 ………………


「只今戻りました……」

深い森に囲まれた城の、誰かの私室と思われる一室。
Ristaがその扉を開けた時、既に中には数人の男女と同数のポケモンがいた。

「遅かったな。まあいい、そちらの調子はどうだ?」

先客の中で真っ先に顔を上げたのは、ひときわ立派な服装に身を包んだ青年。
権利書を与えた城の主、シェイドである。
投げかける鋭い眼光は彼本来の顔ではなく、統轄本部のトップとして君臨するもうひとつの人格が現れていることを示していた。
……ある人が語るには、普段の彼はむしろ監視の対象であり、本部の存在さえ知らないのだとか。

Rista「おかげさまで、夏祭りは盛況です。
 もっとも盛り上げてくださっているのはもっぱらお客様で、私はほとんど何も出来てない状況ですが……」
シェイド「そういちいち悲観するな。経営者として出来るだけのことをしていなければ、とうに企画倒れになっているはず。違うか?」
Rista「……違いません……」
ナイツ「そこで暗くなるなよ、またカフェで心配されるぜ?」

最近Ristaは特に自分の行動に自信を持てないらしい。
本部長に痛い所をつかれてさらに萎縮しかけたが、足元にいるパートナーのヤミラミの視線に気づき、どうにか持ち直した。

シェイド「分かったのなら本題に戻る。例の鍵の件だが……」
セラ「私達の方でも手を尽くしましたが、やはり見つかりませんでした。
 ここはやはり、あの森を徹底的に探す必要があるかと思われます……という話をしていたところです。」

監視を行うメンバーの一人、セラが状況を説明してくれた。
固有名詞を出さなくても、結論は想像がつく。

Rista「つまり、私に探してこいというわけですね……」
シェイド「そういうことだ。名目上あの森はお前の管轄だからな。……ところで器の件はどうなった?」
セラ「現在調査中です。出来るだけ早く、次の手を決めたいところなのですが……」
シェイド「分かった。お前は下がっていい。」

セラは一礼し、連れのソーナノと共に部屋を出て行った。

S氏は自分の体を既に失っており、鍵に宿った精神体を何か器となるものに入れないと実体化できない。
その器はカフェに現れてから既に3度、違うものに乗り換えているのだが、どれも何故か数ヶ月で劣化し、最後には破壊されていた。
ちなみに先日それを壊したのはシェイド自身――正確に言えば、彼の普段の人格である。

もっとも裏を返せば、鍵さえ壊れなければS氏は何度でも復活出来る。まさに不死身の存在と言えるのかもしれない。

シェイド「問題はその探し方だ。お前ならどうやってあの鍵を探し出す?」
Rista「まずは私自身で探すと同時に、私のポケモン達の力を借ります。
 それでダメなら、森に住む野生のポケモン達に協力を仰ぎます。
 あとは……カフェの常連の方々にも。」

「カフェ」の単語を耳にした一瞬、シェイドは眉をひそめた。
彼はカフェの存在をあまりよく思っていないと言われている。
元はといえば店の運営に夢中になる、もとい追われるあまり、本部が依頼した仕事を放置気味にしていたRistaが悪いのだが。

シェイド「また、彼らに頼るのか。」
Rista「いざとなったら、です。彼らは色々な意味で私にないものをたくさん持っていますし、
 ひとたび賛同を得られればとても信頼出来る味方になりますから。」

シェイドはしばらく黙った後、「好きにしろ」とだけ言ってマントを翻した。


 ………………


ひたすら走り続けた。
動きづらい、短い足で。

黒い影は追ってこない。
あの時、脇の大木が倒れてこなければ、既に追いつかれていただろう。
追いつかれていたら?――その先を考える余裕などない。

獣道の先が明るくなり始めていた。
それはもうすぐ開けた場所に出るという証。

そして踏み込んだ、光の中。

――目覚めなさい。

突然、どこからともなく声がした。

――迷わず前へ進みなさい。あなたが再び羽ばたくことを望むなら。

誰だ、と尋ねるまでもない。
穏やかな声には聞き覚えがあった。

人呼んで「許される世界」。
あの不可思議な森を包む霧の中で、訪れた者に呼びかける声。
森の主にさえその姿を見せないという、声の正体を知る者はいない。

言われるままに走った。

森の中に夜の暗さが戻ってくる。

構わず走った。

はるか先に、小さな明かりが灯ったのが見えた。


 ………………


森の入口近くにあるカフェから少し離れた所に、Ristaの家がある。
前は割と大きな家だったが、それが一度取り壊された後、彼女のポケモン達の手で小さなログハウスが建てられていた。

この日、Rista達はカフェから帰る途中、突然の通り雨に見舞われていた。
家に駆け込んだ彼らがそれぞれ軽く濡れた身体をタオルで拭っていると、ヒトカゲのヒロがふと振り向いた。

ヒロ「……誰か来たみたいだけど。」
ナイツ「へ?何で分かるの?」
ヒロ「さっきそこで足音がした。」

外は雨の降り続く音がするばかりである。
まだ玄関に残っていたRistaが、首をかしげながらドアを開けた。

そこには黒ずくめの男が立ちつくしていた。

Rista「……な……何、やってるんですか……こんな所で……」
ナイツ「え、誰だったの……って……S氏?」
Rista「……とにかく、中へ入って下さい。風邪は引かないとしても……」

ポケモン達に素早く目配せをすると、Ristaは外に出てS氏を中へ引き入れようとした。
が、その両手が肩に触れた瞬間、S氏の身体の力が抜け、前のめりに倒れ込んできた。

ナイツ「……ありゃ?」

抱きかかえる形になったRistaはかろうじて空けた手でS氏の額に触れた。
熱が伝わってくる。

Rista「すぐにタオルと毛布、あと氷枕を用意して下さい。それとナイツは向こうへ連絡を入れて。」

すぐに振り返って迅速な指示を飛ばすと、ポケモン達が一斉に動き出した。

ナイツ「分かった!;……って、何て?」
Rista「捜し物が見つかりました、すぐに迎えに来てくださいと。……しかし、一体何が……」

事情を尋ねようと向き直った時、Ristaは自分の肩が軽くなっていることに気づいた。

手元に視線を移す。
両手で抱えているのは、気を失っている1匹のコダックだった。

Rista「………………」

コダックの腹には紫色の紋様が浮き出ていた。
しかしそれはすぐ、波が引くように消えていった。

Rista「……ナイツ。携帯をこっちに渡して下さい。」
ナイツ「あ、はーい。……Ristaが代わるそうです……」
Rista「もしもし、お電話代わりました。それで、例の鍵なんですけどね……野生のコダックのお腹の中です。
 何かと間違えて飲み込んでしまったようで。……そこ、笑う所じゃないですよ……」

しばらく電話の向こうから聞こえてくる声を聞いた後、Ristaはこう付け加えた。

Rista「一応、次の器を探すのは続けて下さい。可愛いからこのままでいい、なんて言ったら、きっと怒るでしょうから……」