−Need Cost For Ask−  作:伊織狼我 投稿日時:05/9/14


―――空を自由に飛べたら良いな、などと、柄でもない夢を視て。
そうすればこんなトコロ、すぐにでも飛び出してやるのに、と。
力無く思う頃は唯空しく、示された空を全てと信じて見上げていた。…其の限られた狭い世界でも自由には飛べない俺が、無限に思える程広い空を目指す事は罪であるように思えた。
いや――――唯蒼く、自由で広い空を……俺は、恐れていたんだ。


――逃亡完了、さて如何するか。
マグマ団を抜けて、“コード:ウルファイア”の名を捨てて。其れで自由になったと思った。
今考えると、甘かった。御蔭で、より深く関わる事になってしまった。
中途半端な長さの銀髪を掻き乱しつつ、纏まらない思考を続ける。
表向きな逃亡理由は、“元の仲間を殺す事など出来ない”。
しかし心の其処では、自由の翼を求めていたりして。開放される事が、最優先事項で。
結局、無意味な逆効果。しかし、大きな収穫もまた。
可笑しな霧を越え、可笑しな森に分け入り。可笑しなカフェに辿り着き。手持ちのポケモン達や他のポケモンたちもが、何と人語を解したりもして。
人間とは思えないようなチカラを持つ者も居て。
そんな沢山の収穫の中で、一際輝く新たなカンジョウ。
「……好きだ。」
そっと、独り言のように呟く。次いで対象の名をも呟くと、其れだけで何か満たされたような気持ちになって。漆黒の瞳の奥には、この場に居ない“何か”が映って。
一人其れに焦りながら、本当の開放と自由を心から望む。
―――どうか俺に、自由へと羽ばたく翼を下さい―――


「――翼を下さい。」
……突然何を言っているんだ、俺は。
閑散、誰も居ない夜の秘密基地内。手持ちのポケモン達は、近くの森へ木の実の採集に出掛けた後だ。俺は、隠れて引き篭もり。情けない。
敷きっぱなしの布団に倒れ込み仰向けに転がり、右腕を天井に向け突き上げる。開け閉じを繰り返すと、まるで何かを掴むような仕草になる。――この手の届くところに、望むモノなど何も無いというのに。
唯一の友人は、多数の敵の一人となって。手を伸ばしたって、声を張り上げたって、…何も、届きはしない。気持ちすら、通わない。望む事は、適わない。
「………似合わん。」
ふと、翼を生やした俺自身を想像し、苦笑する。何故か翼は純白な天使の羽で。似合わないにも程がある。
「…俺の名は、“狼我”。」
自分自身、たまに反復しないと忘れそうになる…親でない人間に与えられた名。我を貫く、一匹狼。
「……せめて。」
掴んだモノだけは、掴むことのできたモノだけは、…二度と手放すものか、と誓う。名に合わぬ対象。思わず、対象の名を紡ぐ。
「…………リナ。」
守りたい、会いたい、淋しい。…全く、名に合わぬ感情。しかし、最も強いカンジョウ。
「…辛気臭い、止めだ。」
飛び起き、窓を開ける。涼しい風が、俺の中の暗い感情を吹き飛ばしていく。
窓の外に、ライボルトやウインディが周囲を警戒しつつ此方へと走って来るのが見える。一仕事終えた彼らの為に、扉も開けて受け入れる態勢を作る。ついでに、風通しが良くなる。さあ、木の実を食べたら今日は寝ようか。
――――何なりと差し出そう。此処から飛び立つ、翼が手に入るならば――――


――何かが、欠落している。
…此処は、何処だろう。――此処は、許される世界の森だよ――
周囲の木々がガサガサと揺れ、其の存在を主張してくる。
…見知ったように話し掛けてくる、奴は誰だろう。――俺達は、この森にあるカフェの、客さ――
不思議そうに俺を見返し、其のニンゲンは当たり前のように答えを口にする。
…一体、あれからどのくらい経ったのだろう。――あの後の数日間に、何があったの――
心配そうな表情で、俺を見てくる。…何なんだ、止めてくれ。
…何故、悲しい顔をするのだろう。――何故私を、知らないの――
絶望を表したような表情、視線。其れは、俺に向けられた感情だ。
何処、何奴、何時、何故。
疑問に対して返ってくる答えのどれもが、信じ難く思えて。
斬り返される疑問にも、答える術は無くて。
目に映る全てが、敵に思えて。……其れでも、“テキ”達から襲ってくる様子は無くて。
何が何だか、さっぱりだ。
―――其れでも、何か覚えがある姿の女性を見て。彼女は、俺が覚えていない事を聞くと不思議そうに……基悲しそうに、なった。
さっぱり……では、ない。だが、分からない。
隣で燃える、…手に入った“翼”を見遣る。焼き鳥一歩手前のような、ポケモン。種族名はファイヤーと言うらしい。
“翼”は、ゆっくりと左右に首を振る。……役立たず。
分からない、分からない、………分かりたい。
―――翼は、要らない。手放したモノを、取り戻したい―――


――皮肉なもので。何かを手に入れると何かを失うように、この世界は…少なくとも俺のセカイは、出来ているらしい。
「」
俺が其の時何を言ったか。最早、俺にも分からない。動転していたのは、確か。
手に入った“翼”は、失ったもの…俺の記憶から出来ていました。………信じられない。信じたくもない。
しかし俺が幾ら否定したって、真実はシンジツ。何も変わらない。意味が無い。
視線は、目の前の“翼”から動かせず。ふと目から頬へ、水が伝う。…雨など、降っていないのに。
「」
これから行われる行為の結末を感じ取り、必死に静止した。意思を持った“翼”を、失いたくなかった。…友となった、“ファイヤー”を。
諭され、抵抗空しく、“翼”は俺の中へ飛び込んだ。――キオクとなって、…“手放したモノ”となって。
そして、俺の意識はゆっくりとフェードアウトしていく。
―――もう何も、要らない。もう何も、手放したくない―――


――背中に、翼が生えました。
其れは、燃え盛る翼。“ファイヤー”に良く似た、翼。
俺は、嬉しいような悲しいような。俺は“翼”から、翼を授かった。“翼”は、俺に欠乏部分と其れを授け、自身は消滅したというのに。
「…馬鹿焼き鳥が。」
口に出したつもりは無かったが、自然と声が漏れ。乾いた声、冷めた声。感情の、欠片も無い声。
どうせならば、欠片も残さずに消えてくれれば良かったのに。そうすれば、思い出す事を忘れられたかもしれないのに。
「あー…、………」
取り敢えず口を開くが、言葉は続かない。翼は、自在に操る事が出来ない。…何故。
様々なアドバイスも受け、命を賭けるような方法も試してみた。……しかし、全て無意味。
俺は苛立ちを隠さず、呟く。
「……飛べぬ翼に、何の意味が。」
―――望んだモノは手に入った。描いた夢は離れていった―――


――雨は、嫌いだ。心以上に、身体が重くなる。
水が、苦手になった。むしろ、なってしまった。
翼に掛かるととんでもない事になる。付け根辺りから広がる痛みで死ねそうだ。
「ぐあぁっ……っく……」
歯をくいしばり、耐える。状況不明、意味不明。俺に分かるのは、家ならぬ秘密基地に帰る途中唐突に雨が降ってきた事だけ。ただ、それだけの事だというのに。
不便だ、理不尽だ。飛べもしない癖に、何故余計な効果が有るのか。
「はぁっ、はぁっ………くそ…っ」
木の下へ、急いで避難する。ズキズキと痛む翼の付け根を押さえ、荒く呼吸を繰り返す。
そして其のまま、木にもたれ座り込む。雨が止むまでは、此処で待とうと決める。
「…っ!?」
ゆっくりと眠りに堕ち掛けていた俺の意識は急遽覚醒を余儀なくされ、其の驚きを言葉に表そうとした口は加害者の手により塞がれる。
「〜〜!」
引き剥がそうと抵抗する俺を相手――懐かしい制服を纏う懐かしい男は一瞥、もう片方の手で俺の首を掴んでくる。力を込めて。
「…っ…!」
相手が俺を掴んだ腕を上げると、身長差の所為か俺の身体が多少宙に浮く。首に体重が掛かり、酸素の取り込みが止まる。
苦しい、放せ。そう思いを込め、相手を睨みつける。相手は、驚くほどあっさりと手を放し、俺を解放する。
「…かはっ、げほっ………っはぁ、はぁっ……」
『黙ってろって。』
地面に手膝を付き、咽ながら呼吸を整える俺を見下しつつ、相手が告げる。単純に、黙らせたかっただけらしい。だったらそう言え。まあ、黙りはしなかっただろうが。
「っは……何、を………火…」
『』
相手の名を口にし掛けた俺を遮るように、奴は驚くべき提案を口にした。
―――手放さずにいられるのなら。俺の安息など塵に等しく思えるから―――


――人間離れ。其れでも、ニンゲン。結局俺は、如何なってもニンゲン。
「熱っ…」
異常に熱を帯びた右手の、手首を押さえる。矢張り、慣れない事はしない方が良い。其れが慣れようのなかった事ならば、尚更だ。例えば、灼熱の火炎を原理も知らず掌から放射してみる、とか。
「…無理だ。止めるぞ。」
そう言い、踵を反して歩き出す俺に静止のコエが聞こえる。聞こえると言うよりもむしろ、意思そのものが伝わってくる。
『…其の程度で諦めるな。』
二度と聞こえない筈だった。基、伝わってくる筈の無かったコエ、意思。
「黙れ焼き鳥。……貴様は無茶しか言えんのか。」
俺は赤く、淡い光を発する瞳を細め、苛立ちも顕に言い放つ。もし俺を見る者があれば、映る俺は一人で困ったり怒ったり。変人だ、危険人物だ。如何でも良い他人に如何見られようと、矢張り如何でも良いが。
『フン…我の力の断片すら、相も変わらず操れんのか…貴様は。』
「…飛べるようには、なった。」
煩く続く説教をキいていると、腹が減ってくる。決めた、今夜は焼き鳥を頼もう。
―――何事に置いたって決断は一瞬。後悔は永遠―――


――やるしかない。二度と、大切なモノを手放さない為には。
「此方、…コード:リファイア。」
一言発する度襲う、躊躇と不安と罪悪感。それら全てを覚悟と希望で打ち消して。
「定時報告だ。――――――――」
結局俺は、雨の日の加害者の提案に乗った。――但し、別の思惑を抱いて。
“二重スパイ”。そう言うと格好良いかもしれないが、つまりは単なる裏切り者。俺の場合は、裏切り者で裏切り者。最高に最低な肩書きだ。
幹部の着る制服を身に纏い。其れをもって、感情すら押し隠し。冷静に、カンジョウを消し隠す。
“仕事”の最中に何を見たって、…誰を見たって、反応など出来得る訳が無い。今の俺は、“リファイア”であって…“狼我”ではないのだから。
「――――以上、報告を終了する。」
手袋に通信機を仕込んである左手を耳元から離し、軽く溜め息をつく。残った右目に映る世界は、立場を違えるとこうも違うものなのか。
明るい気分に、なれない。会いたい相手に、会いたくない。……こんなのは、嫌だ。
「……其れでも、…やる他ない。」
背で燃え盛る翼を広げ、飛び立つ。早く、“狼我”に戻って来よう。そうすれば、俺は会いたいと素直に思えるのだから。
―――何かを手放さない為に俺は、違う何かを手放しているようで―――


――ハッピーエンドでなくても良い。バッドエンドでさえなければ。
「…俺は、馬鹿だ。」
夜。快晴の空には、綺麗な月が浮かんでいる。空を仰いだ俺の視界に、しかと飛び込んでくる。
全てを見透かすような光に耐え切れず、俺は視線を落とし俯き加減。気の所為か、眼帯の下の左目が疼く。もう二度と、機能しないであろう癖に。
「……何でだ、……何故……」
最も届けない相手に、この声は届かないのか。
最も掴みたい相手に、この腕は届かないのか。
最も必要な時に……俺は、碌な力を持っていないのだろうか。
「…俺は、馬鹿だ。」
本心から、そう思った。手放したくない、などと言っておきながら、結局…最も守りたい相手を守る事も出来ていない。其の場に、居合わせてすらいない。治療すら、出来ない。
やっている事と言えば、自分の危険に他人を巻き込まないように、などと大儀を掲げて、訪れる兆しを未だ見せていない危険に備えるのみ。彼女は、既に危険な状況下にあったというのに。
「…俺は…、………」
何をやっているのか。
再び、空に輝く月を見上げる。答えを、求める。――無駄な事だとは分かっていながら。
「…………」
―――何かを求める事は、何かの代償を必要とする―――


――感情に、蓋をする。俺自身を、押し隠す。
「…コード:リファイア。只今戻りました。」
暑い。最初の感想は、其れに尽きると言っても過言ではない場所。
山の中、火山の中に作られたアジト支部。其処に集うは、大地の狂信者達。…通称を、“マグマ団”。
俺は、其処の幹部。危険地帯に乗り込み、潜入操作を行っている下級幹部。
俺が此処で敬語を使う必要が有るのは、最高幹部のみ。正直、面倒。
『よっ、元気か?俺は異常に元気だぜぇ?』
―――誰がそんな事を聞いた。
『…元気そうね、悲しいわ。』
―――だったら言うな。
此処に居ると、会いたくない顔にも必然的に会ってしまう。敬語は如何した、貴様等。
俺にこんな提案―マグマ団復帰という提案―をした当の本人は、現在は居ない。会いたくもないから、むしろ嬉しかったが。
簡単に、虚偽の報告を済ませる。現在は9月、森やカフェは三年間続く夏祭りの真っ最中だ。…無論、嘘だが。引っかかる方が悪いだろう、このレベルなら。
「…ではな、俺は行く。」
俺の背、剥き出しの翼の撒き散らす火の粉を、一匹のガーディがこっそりともらい火している。翔陽の忠告で其れに気付いた俺は、翼を体内へ収納する。大分、使いこなせるようにはなった。嬉しい事か、其れとも悲しい事なのか。
―――気付けば俺は、再び籠の中―――



―――空は最早、陸を駆けるように自由に飛びまわれて。
飛び出してきたトコロに、しかし俺は再び飛び込んだ。自ら、手に入れた自由を手放した。
結局、力無き俺に出来得る事など限られていて。
何かを手にする為には、何かを手放す他なくて。
望んだモノを手にしても、望んだ結果は訪れず。
ならば、俺は誓おう。これ以上、何をも望むまいと。
その代わり、何も手放すまいと――――繋いだ手を放さなければ、広い空でも怖くはないから――――




「――――――こんなところか。」
俺はペンを置き、ノートを持ってページを順に捲っていった。
書いたものを眺めていると、自分の心境の急変、しかも其の連続に可笑しさが込み上げてくる。思わず、喉を鳴らして苦笑する。
『…終わったか?』
翔陽のコエ。終わったかも何も、貴様と話しながら書いていたのだが。
「ああ、終わった。……俺は、馬鹿だな。」
そう呟くと、翔陽が笑ったのが伝わってくる。
『今頃気付きおったか?…ククッ、貴様は馬鹿だ。今更、言うまでもあるまい?』
…確かに、自分から言った事だが。腹が立つのは当然で。俺は銀髪を掻き上げながら、椅子から思い切り立ち上がる。
「…貴様に言われたくはない。」
そう吐き捨てると、翔陽の苦笑が返ってくる。如何やら、自覚はあるようだ。
「……決めた。」
俺は、唐突に、だが力強く言う。すぐに翔陽の疑問が伝わってくる。
――決断しなければならない事は多すぎるが、先を見過ぎては何も動けない。取り敢えず、当面の問題から埋めて行こう。目先の守りたいモノを、手放したくないモノを最優先に行こう。……もう、後悔はしたくない。
「今夜は……焼き鳥を頼もう。」