メアリーの冒険  作:Rista 投稿日時:05/12/2


リビングの真ん中に出来た日だまりの中で、僕はいつしか眠っていたらしい。
ふと目を覚ますと、膝の上に乗っかって昼寝をしていたサニーゴがもぞもぞと動き出すところだった。
この小さなポケモンの名前はメアリー。僕ら“家族”の末っ子だ。

「…………?」

小さな口をめいっぱい開けてあくびをした後、メアリーはまだ眠そうな目で自分の周囲を見た。
何かを確かめるように、正方形の空間を右、左、ついでに上へ視線を向ける。
誰もいないソファと音のしないキッチンを見てから、ようやく僕の方を向いてくれた。

「……かいん?」

違うよ、と答えてから、きょろきょろしていた理由を察した。
メアリーはカイン――自分の世話をしてくれる父親代わりのジュカイン――を探しているんだ。
そういえばこの時間にはいつも添い寝してたっけ。

っと、自己紹介を忘れてた。
僕はアルビレオ。この家の主、Ristaを守る「武器」であることを除けば、ごく普通の人間だ(と思いたい)。
まあ、その辺は今はあんまり関係なさそうなので置いといて……

メアリーがいつの間にか僕の膝から飛び降りて、勝手に移動を始めていた。

「あ、ちょっと……カインを探しに行くの?」
「いくの!」


 ………………


サニーゴは陸上を歩くのに適した足を持っていないので、跳ねて移動する。
喜んでいるようにも見える動きで、メアリーはリビングに接した部屋の一つに近づいていった。
玄関から見て左側、ハートマークのついたドアはRistaの部屋。
当然ドアノブに手が届くわけがないので、閉ざされたドアの手前で足止めされた。

『いいから着てみて、絶対似合うから!』
『だから嫌だと何度言ったら分かるんです。こんなの着たら外に出られないじゃないですか』
『そんなことないわよ、ね、一度でいいから〜』
『その一度が私にとっては命取りなんですが……って、だから勝手に着せようとしない、人呼びますよ?』

どうやら開けてはいけないようだ。

僕は木の板一枚隔てた向こうにいるRista、そして口論の相手と思われる監視者の一人の姿を想像しながら、
「ここにはいないみたいだよ」とメアリーに移動を促した。
メアリーはすぐに理解してくれたようで、壁伝いに次の場所を探し始めた。


向かったのはリビングの左奥、そこにはキッチンがある。
一応クローバーのマークが入ったドアはあるけど、ずっと開けっ放しのまま固定してあるので意味がない。
じゃあ何でわざわざドアなんかつけたんだろう?
Ristaの一のパートナー、ヤミラミのナイツに言わせれば「2月になれば分かる」らしいけど……

そのキッチンではチャーレムのマグが夕食の支度をしていた。
僕らの家ではほとんどの仕事が同居者全員による当番制で、冷蔵庫には分担表が貼ってある。
当番を持たない例外は今のところメアリーだけだ。

「ん?……メアリーか。どうした?」

包丁で何かを刻んでいた、その手を止めたマグが足元のメアリーを見下ろす。

「ねぇ、カイン見なかった?」
「あ、いたんだ。カインなら今日は本店の仕事だろ、そろそろ帰ってくる頃だと思うけど」

……今、さりげなく酷いことを言われたような。

突っ込んでもしょうがないので、また勝手に引き返していったメアリーを追いかけた。


 ………………


隣にある無印のドア、そのまた隣のダイヤマークは無視して、スペードマークの前で僕は一旦足を止める。
そこはポケモンたちの部屋だ。
カフェに来ていない子たちも含めると結構数が多いから、夜寝るときは結構窮屈そうなんだよね。
(ちなみにアリアドスのリアラだけは、リビングの天井に蜘蛛の巣を張って寝る。ふと見上げると結構怖い;)

でもメアリーは止まる様子もなく、まっすぐ玄関を目指していた。
「本店」の意味はきっと分かっているに違いない。
Ristaがカフェの他に持つもう一つの店は街の中、つまりこの森の外にある。

「ある〜ひ♪ もりの〜な〜か♪」

ドアを開けてやると、一瞬だけ迷った後に外へ出て、覚えたての歌を歌い始めた。
散歩にでも行くような気分なのかな?

「くまさ〜ん〜に♪ であ〜った♪」

もともと同じ場所に大きな家があったので、敷地だけは結構広い。
それがある理由から取り壊された(正確には消滅した)後、みんなの手で小さなログハウスを建てたら、左右に広い土地が余った。

玄関を出て左手には手作りのアスレチック。
仲間内で一番トレーニングに熱心なリザードのヒロが、懸垂をしている。軽々と。黙々と。

「はなさ〜く〜も〜り〜の〜み〜ち〜♪ くまさ〜ん〜に〜で〜あ〜っ〜た〜♪」

右手の方は土がふかふかに耕してあって、いろんな種類の「実のなる木」が植えてある。
その一つがちょうど実をつけていて、何匹かのポケモンが収穫作業をしていた。
その中の1名、プクリンのパフィーが籠を背負ってこっちに歩いてきた。

「珍しい組み合わせですねぇ。お散歩ですか〜?」
「まあ、そんなとこかな……」

僕が話している間、メアリーは僕の足元でじっとしていた……わけがない。
しばらくパフィーのことをじっと見つめていたかと思えば、木々の間をぴょんぴょん跳ね回ったり、
もぎ取ったばかりの木の実をちゃっかりもらって食べたりしている。

思えば随分積極的になった。
僕と初めて会ったときは、もっと臆病で、いつもカインの側を離れない印象しかなかった。
ひとりで外に出て行ったことは……そういえば、記憶にない。

「カインはまだ戻ってきてないよね?」
「さっき、ちらっと姿を見ましたけど……」
「あら、あの子なら忘れ物したからって、慌てて戻ってったわよ?」

ニューラのクロウズが割り込んできた。
今日はカインと一緒に店番の当番になっていたことを思い出す。

「分かった。ありがとう。……行こう、メアリー。あっちだって!」

呼んでからメアリーが反応するまでには少し時間がかかったけど、
それでもちゃんと僕の後をついてきてくれた。

「ある〜ひ♪」

そして、あっという間に追い抜かれた。

「もりの〜な〜か♪」

以下省略。まだ1番しか覚えていないらしい。


 ………………


道なりにまっすぐ進むことをメアリーはためらわなかった。
カインに会える嬉しさとは関係なく、単純に楽しいからなのかもしれない。

歌詞に反して、森の季節は冬に近づいている。
少し前まで入れ替わり立ち替わり咲いていた花はすっかり姿を消した。
この辺にも確か「くまさん」もといリングマが棲んでいるはずだけど、そろそろ冬眠を始めた頃だろう。
歌の通りに遭遇する心配はなさそうだ。

……そんなことを考えていたら、突然メアリーが立ち止まった。
道の真ん中で何をするんだろうと思っていたら、

「〜♪」

まっすぐ歩くはずの道を外れ、茂みの中に飛び込んでしまった。

「あっ、ちょっと、待ってよ!」

そこには背の高い草が一斉に枯れ始めて折り重なっていて、小さいポケモンにとっては絶好の隠れ場所。
慌てて追いかけた時には既に遅く、メアリーの姿は見えなくなっていた。

名前を呼びながら茂みに足を踏み入れ、一歩一歩慎重に進んだ。
時々聞こえるがさごそという音だけが頼りだ。

時折足元を何かが駆け過ぎていくようだけど、それが何かを確かめる余裕はない。
下を見たところでほとんど何も見えない草ばかりの場所。
それでも進むしかない。
幸い、落とし穴に引っかかったりポケモンの尻尾を踏みつけたりすることはなかった。

「メアリー? 早く出てこないと、迷子になっても……」

と、その時。

すぐ脇の草の塊が揺れたと思ったら、そこからピンク色の角が飛び出した。
見間違うはずもない。その形は本物の珊瑚だ。

「かいん、みっけ!」
「見つけたって、うわわっ!」

顔を出したと思ったら、メアリーはまたしても先に行ってしまった。

慌てて追いかけようとした途端、足に草が絡みつき、僕は見事に転んだ。
誰も見ていないことを願いながら起き上がる。
周り一体が草だらけだったから怪我はしないで済んだけど、代わりに身体中に葉っぱがくっついていた。

「……見つけた、って……どこに……」

転んだ後って、どうして身体が重く感じるんだろう。
どうにか気持ちを奮い立たせて歩を進めた。


 ………………


茂みを抜けた先は。

森の中にあって開けた広大な場所。
何もない、ただむき出しの地面が広がるだけの土地だった。

見ると、その真ん中で誰かがバトルをしている。
ポケモンじゃない。
Ristaを見張る“統轄本部”の中でも実力者と言われる2人、S氏とセラだった。

「おーい、こっちこっち。流れ弾が来ても知らねぇぞ〜?」

隅っこの方に目を移すと、かろうじて短い草が絨毯のように集まっている一角に、カインがいた。
腰を下ろしてくつろぐ彼の足元にメアリーが寄り添っている。
火球や冷気が飛び交うバトル――というより真剣な戦闘といった感じ――を横目に移動した。

「こんな所があったんだ……」
「あ、知らなかった?」

カインに勧められ、僕も草の上に腰を下ろした。
隣にはソーナノとコダックが座っていて、錫杖と長刀のぶつかり合いを遠巻きに見物している。

ソーナノはセラが以前から連れているポケモン。
コダックの方は以前、S氏の鍵を飲み込んだ状態でこの森に迷い込んできたポケモンだ。
鍵が取り出されてからは野生に返される予定だったんだけど、何故かS氏に懐いてしまったために、今も僕らと一緒に住んでいる。
ちなみに名前は今のところ決まってない。


一見互角らしいバトルを眺めていたら、唐突にカインが口を開いた。

「……戦いは麻薬。一度きりなら立ち直れるけど、慣れちまうとそれなしではいられなくなる、ってな」

幸せそうな表情のメアリーをそっと持ち上げ、膝の上に乗せる。

「それが、どうかしたの?」
「いや、今日本店の方に来てたお客さんのポケモンと、そういう話になってさ。
 ほら、最近はカフェのお客さんとかも含めて、みんな物騒な事件に振り回されてばっかだろ?」

誰とは言わないけれど、いろんな人やポケモンの顔が浮かんだ。

「それが『日常』になっちまったら、刺激が足りなくって、もっと過激なことに手を出す奴が出てくる。
 でも、それを許しちゃいけない……何もない、凍りつきそうなくらい静かになっても、
 探すのは事件じゃなくて話のタネにしとかないとな……」
「……でも、それって結構、難しいよ?」
「だよな。結局トラブルを持ち込むのは、自分のことしか考えてない奴らだし」
「……?」

メアリーは不思議そうな顔でカインを見上げた。
カインは「気にするな」って言って、メアリーの頭を撫でた。

ふたりは楽しそうに笑っている……

「……何とか、なるよね?」
「なるだろ、いつかは。な、メアリー」
「ん、いつかは!」

分かって言っているのか、どうなのか。
メアリーは「いつかは」と繰り返しながら、僕らの周りをぴょんぴょんと跳ね回った。


それから僕らは話題を変えて、普通の、ポケモン達のバトルの話に興じた。
Ristaは近々メアリーをバトルデビューさせようと考えているらしい。
何故か俺の方が張り切ってるんだけどな、と言ってカインは笑った。


 ………………


北風が渡る冬空の下。
一戦を終えたセラにせき立てられるように空地を離れたのは、日が暮れる寸前だった。

メアリーはいつも通り大人しくカインに抱かれているのかと思ったら、帰り道もまた進んで先頭に立った。
外を自分で歩くことがすっかり気に入ったようだ……