遠き星々に捧ぐ  作:ショウマ 投稿日時:06/8/7


――黒い空に光が灯る。けれど、それは遥か遠い――







「……ふう」

 若草のベットに転がり、満天の星空を見上げながら、僕は深い溜息をついた。別に、疲れたというだけではない。…まあ、たしかに疲れてはいるのだが。それ以上に、心理的な負担から溜息をついたのである。

「……」

 星空に見せるように、自分の手を掲げて開く。そこにあるのは、師匠に言わせれば「男にしておくのが勿体無いほど綺麗」らしい、細い指。…けれど、僕にとっては忌まわしい――

「な〜に不景気な顔してんだよ、ショウマ」

 手と空の間に、見慣れた顔がひょっこりと現れる。そいつ――エイはあろうことか、「いや、不景気なのは本当か。今日も野宿だしなー」などと笑いながらのたまった。…言い返すことができないのが、少し悲しい。

「で? 何考えてたんだ?」

「空が綺麗だな、って」

 僕の返答がよほど可笑しかったのか、エイは大声でひとしきり笑うと、

「嘘つけ。テメエがそんなセンチなことを考えるタマかよ」

 などと、見事な分析力を披露してくれた。
 僕はそれを否定せずにああ、と頷きを返して、

「…考えごとだよ」

「……」

 それで理解したのか、はたまた元々予測していたのか。恐らくは後者だろうが、ともかくエイは、それ以上何も聞かずに、僕の隣に座った。

「…仕方ねえよ。誰かがやらなきゃいけないことだった。
 それに、放っておいたらとんでもないことが起こっていた。違うか?」

「そうだね」

「オマエは、将来犠牲になるはずだったポケモンを救ったんだ。
 もっと誇れよ」

「そうするべきなんだろうね」

「リンガみたいなヤツを、もう生まれさせちゃならねえだろ?」

「ああ、その通りだ」

 けどね、エイ。僕はそう呟き

「……僕は、もう戻れない」

 お互いに解りきっていたことを、初めて口にした。

「……戻れるさ。きっと」

 気休めを口にしてくれる。…それでも、僕は否定せずにいられなかった。

「遅いよ。僕はきっと、もう誰も「救う」ことはできない」

「んなことねえよ、今回みたいに…」

「それは結果的に救っただけだ。救おうとして、救ったんじゃない」

 吐き捨てるように呟く。それでもエイは、諦めずに

「オマエは、今も治療を続けている」

「…うん、そうだね。僕もそう思っていた。
 けれどね、いつの間にかそれは「償い」に変わっていたんだ」

 簡単なことだ。
 僕は、誰かを救うのではなく。誰かを通して、僕を救おうとしていた。
 …なんて偽善。それを知っていてなお、僕は治療を止めなかった。

「……」

「……」

 それきり、エイも僕も何も話そうとしなかった。
 夜風が、優しく頬を撫でる。

「…いいじゃねえか。償いでも」

 エイが唐突に口を開く。
 僕は何のことかとエイを見た。エイはニヤリと笑うと、

「オマエの都合なんて知ったこっちゃねえよ。
 忘れんなよ、ショウマ。
 オイラ達――少なくともオイラは、オマエに助けられたと思ってる」

 …遠い昔のことだ。
 ある組織から追放されたゲンガーと、一人の冷酷な少年の出会い。
 僕が、初めて誰かを「救った」日。

「今更だけどさ、嬉しかったぜ、オイラ」

 照れくさそうにエイは笑った。笑いながら、真剣な眼差しで続ける。

「アンタが何を考えてオイラを助けてくれたのかは知らない。
 けどな、それでも嬉しかったんだ。救われたんだよ。
 上手く言えねえけど、他の奴等も似たようなもんだと思うんだ。
 …あのよ。それじゃあ不満か?」

「…いいや」

 同時にフッと笑い、僕達は再び星空へと視線を移した。

「…綺麗だな」

「ああ、綺麗だ」

 お互いに、似合わないことを口走った。

「…ありがとう、エイ」

「気にすんな。旧知の仲だろ?」

「そうだったかな?」

 笑いながら、星に向かって手を伸ばす。
 ――遠いはずの星が、この手に掴めるような気がする夜だった。