〜夜空を駆ける流れ星〜  作:クロ 投稿日時:06/8/9


やぁ。 …俺はスプリット、バクフーン♂だ。
特徴?
そりゃぁ…うん。 体が少し小さいのと、七色の声色を使い分ける事よw
後者はもともと得意だったんだ。
でも、体が小さいのは…理由がある。
何故かって…?
まぁ、落ち着きなよ。 時間はタップリある…ゆっくりと話し合おうぜ?

…そうそう、俺には兄貴がいたの、知ってるか?
…少し、古い話なんだけど…忘れがたい、俺と兄貴の話。



『〜夜空を駆ける流れ星〜』





檻から飛び出すと、兄貴は素早く監視カメラを灼熱の火炎放射で焼き払った。
そして、カメラのついていた反対の壁にある穴を指差した。
「……スプ、ここは危険だ。 あそこからなら外へでられるかもしれない。」
僕は首を横に振った。
「やだよ! 父さんと母さんも来ないんでしょ? ……もしも、何かあったら……」
突然、兄貴が俺の頭に手を置いた。
驚いて見上げる僕に、兄貴は優しく微笑みかける。
「……スプ、俺は父さん達や他の仲間達も助けなきゃいけないんだ。 …俺は大丈夫だから、心配しないでくれ。」
兄貴は僕を優しく抱きかかえ、頭に乗せた。
そのまま通風孔の下まで移動して、僕をそこへ押し込んだ。
漆黒の闇の中、僕は1人で行動する事になった。
不安と恐怖……1人が怖かった。
皆と二度と逢えなくなるのではないか?と、不安が頭を掠める。
僕は無意識に兄貴を見て、泣きそうになっていた。
「いいか! 絶対に何があってもその中からは出てはいけないからな!」
兄貴が鋭い口調で、半ば叫ぶように言う。
「……外で待ってるからね!」
「ああ! 約束だ!」
同時に何処かへ走り去る兄貴を目で追った。
通路を駆け、突き当りを右へ。
それが、僕が見た最後の兄貴の姿だった。













「そら、スプ! こっちだ!」
「速いよー;;」
広い草原で走り回る1匹のバクフーンと1匹のヒノアラシ。
彼らは縦横無尽に走り回り、止まろうとはしなかった。
日も既に傾き、間も無く星空が見えようとしていた。
その時、ヒノアラシがバクフーンに飛び掛り、バクフーンは派手に転んだ。
「スプ、参った参った; 降参だ;」
「むーっ……少しぐらい手加減しないと駄目かなw」
バクフーンが手加減したことも知らずに、ヒノアラシは胸を張った。
バクフーンは立ち上がり、辺りを見渡した。
気がつけば日没。 辺りは闇に包まれて、聞こえるのはホーホーとヨルノズクの鳴き声と風が奏でる木の葉の主旋律だけだった。
日没までに住みかに帰るのは、当然の事だった……が、どうやら遊びすぎてしまったらしい。
バクフーンはとりあえず光を求めて、足元に落ちていた木の棒を拾って火炎放射で火を点けた。
辺りはある程度明るくなり、バクフーンとヒノアラシの顔が紅の光で揺れて見えるようになる。
そして、バクフーンは困ったようにポツリと呟いた。
「……困ったな、このままじゃ、家に戻れないぞ?」
すると、ヒノアラシがえーっ!?と悲鳴を上げ、続けた。
「どーしてくれるの; 僕は野宿なんてやらないからね!」
「そうかぁ……じゃぁ、スプは夜中中歩き続けてヨマワルに食べられちゃいなさい。」
「……; やだっ!;」
「そっか、なら野宿だね。」
「……むーっ。」
ヒノアラシは渋々了解した。
バクフーンはヒノアラシを肩に乗せて、どこか野宿できるところを探し始めた。

バクフーンの名前はラスト。
ヒノアラシの名前はスプリット。
彼ら2匹は血の繋がった兄弟だ。
実はスプリット、野宿が好き……いや、ラストと一緒に居る時間が好きだった。
特に両親の居ない、ラストと一緒の野宿は最高に楽しみだ。
スプリットはラストを頼れる兄貴として慕っていたし、兄ラストもスプリットの事を弟としてしっかりと面倒を見た。
この兄弟は、辺りで有名になるほどの仲良し兄弟なのだ。
お互いがお互いを必要として、支えあっていた。

「……で? 100メートル走は、またチコリータに負けたのかい?」
近くを綺麗な小川が流れる小さなほら穴。
ここはラストとスプリットの秘密の隠れ家になっていた。
ラストは近くの小川で捕った魚に木の棒を刺し、小さな焚き火に手際よく刺しつつ、言った。
「ち、違うよ! あれはチコリータがフライングしたんだ!」
「嘘はいかんよ、ウソは。」
ラストは木の棒で2,3度スプリットをペチペチと軽く叩きつつ、続けた。
「あれは如何見てもフライングなんかしていない。 むしろ、スプのスタートが遅かったんだよ。」
「煤I兄貴、見てたの?;;」
スプリットは少し焦げた魚を齧った、
「まぁ、一部始終をな; ……どうだ、美味いか?」
スプリットは少し焦げた魚を飲み込んで、
「うん、美味しい! 特に少し焦げてるのがサイコーw」
「そうかw それなら小川で捕った甲斐があったよw」
「兄貴、ところでさぁ……w」


彼らの夜のお喋りは、深夜まで続きました。


水平線から鮮やかな光がこぼれ始める頃。
スプリットは草を編んで作った即席のハンモックの上で、眠たい目を擦りながら起き上がった。
ふと、辺りを見回すと、ラストが居ないことに気がついた。
慌ててハンモックから飛び降り、昨日のほら穴へと行っみた。
しかし、そこには6時間ほど前は焚き火だった木が組まれていただけで、ラストの姿は無かった。
急に不安になってしまい、小川へと向かおうと振り返った……その時。

「……っとぉ? 何処に行くんだい、チビ?」
「……ぎ、ギルドさん?」

見事に後方にいたトロピウスの足に激突してしまったのだ。
ショックで鼻の先を少し擦りむいたようだ。
ギルドはラストの親友である。
ギルドはスプリットの事を、そのあどけなさと内気さを見かねて『チビ』と言っていた。
スプリットは特に気にはしていなかったが、ギルドは真面目にスプリットの事を可愛がってくれた。
ギルドは森の中をふらふらしているのが好きなので『森の番人』と呼ばれていた。
スプリットはラストの事が気がかりだったので、知らないかと訊いてみた。
すると、予想もしなかった返事が帰ってきた。

「ああ、ラスト? 途中でばったり出会って……少し駄弁ったんだ。 そして、俺が今朝人間をチラリと見かけたんだが……それをラストに話したら、血相を変えて走っていったぜ?」
「……その人間ってさ、どんな格好だったの?」
「ヘルメットとスーツで全身をかためて素顔のほとんど見えない統一されたユニフォームの奴らさw 変な格好で笑っちゃったぜ?w」
「…………」

スプリットは閉口した。
ずっと前に、兄貴からこんな事を聞いた記憶がある。
『人間にもな、良いヤツと悪いヤツが居るらしい。 彼らはユニフォームを統一していて、見ただけで判るんだ。 ……もしも、そういうヤツを見つけたら絶対に関わってはいけない。 …いいね?』
思い出した。
ハッキリと、鮮明に。

「――! チビ!?」

僕はギルドの言葉に振り返ることなく走り出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


生まれてくる時はどんな生物も、その生まれてくる環境を選択することは出来ない。
だから、出会いは『必然』ではなく『偶然』だ。
そんな『偶然』は大切にしたほうが良いと、俺は思うよ。




「……ッ;」
僕は目を開いた。
少し痛む頭を抑えつつ、辺りを見渡す。
どうやら、広めの檻の中に閉じ込められているようだ。
檻のドアに手をかけて、押してみるがガチャガチャ音がするだけで開くことは無かった。

捕まった。

危険な状態だという事は一目瞭然だった。
何時殺されてもおかしくない。
……だけど。
僕の隣には兄貴が居た。
檻にもたれるようにして眠っている。
それだけで僕は強くなれるような気がした。

『五月蠅いッ! 少し黙らねぇか!』

突如響いた声に、僕は思わず身を竦めた。
……人間とギルド?
僕は歩いてきた人間と1匹のトロピウスを見て、思わず呟いてしまった。
人間は5,6人はいる。 …無論、それにつかえるポケモン達も。

「…ッ! 一体俺達森のポケモンを如何するつもりなんだ!」
『五月蠅いッ! 黙れと言うのが判らないのか!』

人間は持っていた棒でギルドを殴りつけた。
鈍い音がして、ギルドの目の上から鮮血が零れた。

『…ハッ、満身創痍のくせに抵抗するなんざ…お前、気に入ったよ。』
「……グッ…目的は何なんだ…」
『…お前ら、先行って準備しとけ。 このトロピウスは俺が連れて行く。』

どうやら、殴ったヤツがリーダーのようだ。
ヤツの一声で他の人間は部屋を出て行ってしまった。
そして、残ったリーダーはギルドを睨み、憂さ晴らしのようにまた殴った。

「――ガハッ!」
『…ふん、普通のポケモンなら死んでも可笑しくはない。 …その根性には感服するよ。」
「…グッ!; ――!」

僕とギルドは一瞬だけ、目が合った。
刹那、ギルドはリーダーを僕の居る檻に思いっきり突き飛ばした。

『――ぐぁっ!』

そのショックで彼の体から、カードキーが落ちた。
そして、今まで眠っていたように静かだった兄貴が突然起きてカードキーを拾い上げて檻を開けた。
時間にして、約2秒。
そして――

『うわぁぁぁぁぁぁ!』

絶叫と同時に、一つの命が壊れた。
それと引き換えに、僕らは脱出することが出来た。
…許されるのだろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「絶対に何があってもその中からは出てはいけないからな!」
…兄貴の言葉だけを信じて、僕は暗いダクトを進んだ。
途中、人間の足音が聞こえると僕は怖くなって…小さくなって震えてた。
二度と父さんや母さんと会えなくなるのでは…と思うと怖くなるから、なるべく考えないようにした。
もう一度、森で皆と遊びたい。
…そうだ、チコリータはどうなったんだろう。 怪我…してないよね。
今度は、きっと僕が勝ってみせるよ。 …だから、死なないで。


今まで暗かったダクトが、急に明るくなった。
其処だけは鉄ではなく金網で出来ているから、外の光が零れて来ている。
僕はホッとして、外を覗いて見た。
…誰も、居ない。
あるのは大きなカプセル状の機械だけ。
窓からは鮮やかな日光が室内を照らし出していた。

「ら、ラッキーw!」

僕はひのこで金網を破壊し、室内へ飛び降りた。
すぐに窓に手を掛け、開けようとした――が。



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俺はクロと共に夜のカフェへとやってきた。

クロ「こんばんはーw」
ポッター「あ、クロさん。 こんばんはw」

思わず辺りを見回してしまう俺。
なるほど、確かにポケモンと人が多く居るな……
と、ここで俺の瞳にはやたらとデカイサイドンと話しているバクフーンが映った。

バクフーン「はははw デュークの武勇伝サイコーだぜw」
デューク「そうか? ワシもあの頃は若かったのよw」

なんだろう、この不思議な感覚は……あのバクフーンとは、何処かで会った気がする。
向こうも俺に気付いたらしく、視線を俺に向けて話しかけてきた。

バクフーン「やぁw 君はここらじゃ見ない顔だね? 名前は?」
デューク「…む? お前、少し小柄だな。」

俺は相手が人の言葉を喋っている事に、軽く不思議な感覚を覚えつつ……おずおずと話し始めた。

スプリット「僕はスプリット…です;」
バクフーン「そうかw 俺はバクフーン・マグマート! あ、普通にバクって呼んでくれて良いぜw」
デューク「ワシはサイドンのデュークと申す。 宜しくな!」

軽く会釈をして、握手を交わすと俺は会話の輪に溶け込む事が出来た。
そして、たっぷり2時間程お喋りをして……帰ることになった。


深夜。


俺は眠れずに居た。
ハンモックに仰向けになり、特に寒くは無かったので毛布はかけなかった。
ただ、暗い天井を眺めて今日の出来事を振り返っているのだ。

「バクフーン・マグマート……」

俺は強く印象に残ったバクフーンの名前をポツリ、呟いた。
彼とは何処かで会ったことがある気がする……
そう、何処かで……

俺は何時の間にか浅い眠りについてしまったようだった。

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窓の淵に手を掛け開けようとする俺に、一発の弾丸が飛んできた。
反射的に伏せて弾丸をかわし、相手を見る。
その男は、バクフーンを従えていた。
ピストルを此方へ向け、まるで勝ちを確信したようにほくそ笑んでいる。
バクフーンは目付きが尋常ではなかった。
まるで、何かに操られているような……そんな目をしていた。
男はバクフーンに何かの指示を与える。
刹那、俺の首にバクフーンが飛び掛り締め付ける。

『……ッ!』

火炎放射を試みるも、締め付けている手の所為で上手く行かない。
そして、その直後…バクフーンは俺にポツリと呟いた。

『父さんと母さんは殺されてしまった……俺も今じゃ人間の操り人形だ。 …スプリット、お前だけは…助かってくれ。』

そして、バクフーンは俺を解放し…男に飛び掛った。

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俺は何かを忘れてしまっている……昨日の夢は、一体…?


昼間。
クロは傭兵としての仕事に追われ、シロは医者の仕事に追われる。
何時もこんな事をしているのか?と思い、彼らのポケモンに訊いてみると、

スラッガー「いや、何時もの事だぜ? スプリットもどっちにつくか…よく考えとけよ?」

…知らなかった。
なんか、ゲットされたのはわかるけど、どうしても雰囲気に慣れることができなかった。
野性とはまた違う雰囲気で、教わることもみんな違う。
それより何より、僕は少し記憶が飛んでいて昔の事は忘れてしまっていた。

……みんな、自立してるんだなぁ。

他人のことみたいに呟く僕は、クロに睨まれた。
どうやら、クロの両親はまだクロが幼い頃に戦いで殺されたらしい。
だから、シロや他の手持ちの前ではなるべく両親の話はしたく無いらしい。

「…両親が殺されたのは…いつ頃?」

最後の僕の質問にクロは。

「…俺が4歳くらいの頃。」

とだけ答えて、何処かへ行ってしまった。


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研究室の暗い小部屋。 丸いカプセル状のへんてこな機械に入れられた僕は、震えて泣いていた。

…兄は、僕のタメに…殺されてしまった。
なんとかして逃げ出そうと窓の淵に乗った瞬間。
パシュ、と変な音がした。
一瞬だけ振り返り、見えたものは――

撃たれ、崩れ落ちる兄の最後の姿。

そして、僕は捕まった。

…折角の最後の逃げるチャンスを、命を懸けて作ってくれた兄を失った思いと。
そのチャンスに逃げられなかった力の無い僕自身への思い。
二つが重なり、そこへ絶望感、不安が重なる。

答えは頬を伝わる雫だった。

僕は無理矢理進化させられ――同時にダークポケモンになり、記憶を失った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


僕は、夜の森へと行ってみた。

静かで、綺麗な場所だった。
僕の出身地の森に良く似ている。
此処に来る前に、バクフーンさんと会ってきた。
彼と出会うと、頭がズキズキする。 記憶の鐘が、叩かれる。

…昔を、思い出す。

「……何をしているのかね?」

バクフーンさん…より少しだけ低い声。
僕は振り返った。
…声の主は、ライカン・マグマートさん。 …バクフーンさんのお父さん。

ズキリ。

頭の痛みが酷くなる。 そして――







僕は全てを思い出した。













          両親。
   兄。
                故郷。
                       焼き魚の味。
       森の旋律。
                    攻撃。
 殺された仲間。
               死。
                      絶望感。
           孤独。
                                涙。
     思い出。
                 記憶。

                            存在感。













全てを、ライカンさんに話した。
彼は黙って僕の纏らない話を聞いてくれた。
僕が泣き始めると、黙って抱いてくれた。
大きな力で、安心できた。

ライカンさんの最後のアドバイス。
それは、強く生きる事。















年月は流れるように早く、大きな事もたくさんあった。
僕は今、湖の木に吊るしたハンモックの上で星空を見上げている。

僕には育ててくれた兄が2人もいる。
本当に感謝してもし切れないくらい…感謝してる。
…そして僕は浅い眠りについた。