レモンの飴玉  作:歌音 投稿日時:08/12/18


ころりころりと、舌の上で飴玉を転がす。
あのとき貰ったのと同じ、レモン味の飴玉を。
思い出したいときに、僕は飴玉を食べる。
行進曲の始まりを、思い出したいときに。


僕らは平和に過ごしていた。
父さんと、母さんと、兄さんに姉さん、そして僕。
森での生活は楽しかった。友達もたくさんいた。
僕らの「幸せ」が確かにそこにあった。

「じゃあ、遊びにいってくるね」
「気を付けてね、×××」

×××(僕の昔の名前だ)と名乗っていた僕は家から出た。
その日はヒトカゲたちと遊ぶ約束をしていたから。
家を離れて、いろんなポケモンたちが集まってきている広場へ向かう。
僕はこの広場で遊ぶのが大好きだった。

「おーい、遅いぞ! ×××!」
「ごめんごめん…で、何をして遊ぶ?」
「そうだな…かくれんぼとか!」

ヒトカゲの提案に、ミズゴロウが乗った。

「それいいねっ! ラルトスちゃんと、×××くんは?」
「僕もそれでいいと思うよ」
「私も、それで」
「おーし、決定! じゃあ鬼は…」

鬼を決めようとした途端、森が炎に包まれた。
突然すぎて、僕らは何が起きたのか分からなかった。
炎の向こう側からやってくる目を光らせたポケモンたちを見て、これだけは分かった。

―― 此処にいるのは 危ない ――

僕はばっとみんなを見た。
そして、出来るだけ大きな声でみんなに告げる。

「早く家に戻って! それで家の人と森の外に避難! 急いで!」
「あ、ああ…!」
「わかった」
「×××くんも気を付けてねっ!?」

みんなが家の方向に逃げていくのを見てから、僕は走り出した。
後ろから飛んでくる火炎放射とか破壊光線とかがかすって、とても怖かった。
怖かったけれど、家族を失うほうが僕は怖かった。
やっとの思いで家にたどり着いた僕を待っていたのは、炎の塔だった。

「……何、これ?」

家が、焼けて、父さんは、母さんは、姉さんは、兄さんは。
すぐ傍を火炎放射が通り過ぎる。破壊光線が足下に当たり土を抉る。
怖くて怖くて、僕はまた逃げ出した。
森から離れて何処までも走って……気が付いたら、僕は黒い女の子の前にいた。
黒い髪に鮮血色の瞳。不気味に感じたけど、瞳は困ったような光を宿していた。

「あの…大丈夫ですか?」
「…………」

ふるふると首を振ると、女の子は座り込んだ。
ポケットから黄色の飴玉を取り出して、僕の口に入れる。
レモンの甘い味が舌に広がる。

「僕は歌音っていいます。えっと…あの…」
「…何?」
「東の森から来たんですか…? それなら…」

僕と一緒に、森を焼いた人たち懲らしめに行きません?
歌音はそういって無邪気に笑って、僕に優しく手を差し伸べた。


………。
僕は目を開けると、空を見上げる。
僕の森は焼けてしまった。全て失ってしまった。
あまりの寂しさに狂いそうにもなったし、泣きわめいたこともあった。
けれど…今は、大丈夫。
懲らしめたあと、一緒に行動するようになった歌音もいる。
騒がしいけれど、いつも明るくて楽しいエターナルもいる。
落ち着いていて、兄さんに似ているディスティニーもいる。
父さんみたいで、見守ってくれてるヴァールハイトもいる。
妹のような存在、いつも手伝いをしているレアリダもいる。
今はもう…狂いかけたりすることなんてない。

「だから」

父さん、母さん、僕を見守って下さい。
僕はこの行進曲を、まだ奏でようと思います。

「アビィ、行きますよー?」
「うん、わかった」

頷くと、僕は歌音たちの方へ走り出した。
口の中でころり、とレモン味の飴玉が転がった。