双星  作:ざね 投稿日時:09/8/4


【天の隨に咲ける星屑 運命に惑う一片 寄り添う双星】
エストリア王国 クリム暦805年
ファーディナンド家に生まれし二人の少年。兄をイヴェロス、弟をエヴァンス。
兄は呪われし緋目の君、弟は選ばれし蒼目の君。
その頃の彼らは未だ、運命を知らない――


- 双星 -


「イヴ、あの星はなんて言うの?」
蒼目の少年は星空を指差した。
「あれは、カシオペア座」
碧目の少年は笑って答えた(その少年の左目は緋かった)
「じゃあ、あっちのは?」
「えっと…ペルセウス座、かな」
見やれば、蒼目の少年はその瞳をまるで星のように輝かせていた。
「あの星、すごく明るいね」
「うん、星座の中でいちばん明るいんだって」
ミルファクって言うんだよ、と碧目の少年が言った。
イヴは本当に星に詳しいね、と、蒼目の弟ーーエヴァが言う。
兄のイヴェロスは、文学的知識が豊富で、芸術センスがある。一番得意なのは歌とヴァイオリンで、弟はいつもその旋律に夢中だった。
弟のエヴァンスは、運動が得意だ。騎馬も剣術も、兄は弟に敵わない。
ただ唯一、弟が兄に勝てるものは絵画だった。
不思議なことに、絵は弟の方が格段に上手い。
「エヴァ、こんど、絵を描いてよ」
「何の?」
「星の」
「いいよ。じゃあ、イヴは音楽をおしえてね」
「うん、やくそくだよ」
小さな小指が交差する。
指切りげんまん。絶対に破れないようにと、二人はその手を空に掲げた。
刹那、背景となった夜空を、流れ星が流れた。
『あ、流れ星!』
そう叫んだのは二人同時で、兄弟は「おかしいね」と顔を見合わせ、笑い合った。
その指は、まだまだ離れない侭―――

* * * * *

――クリム暦818年――
目を覚ますと、見慣れた天井があった。
エヴァはその蒼い目を擦り、重い身体を起こす。
(夢か…)
随分昔の夢を見たものだ。
あれは確か、十三年前。
兄と引き離される、ほんの少し前の夜。
「……イヴ…」
溜め息が零れた。何故今更、と思った。
『珍しいのね、エヴァがお昼寝なんて』
そこに歩いてきたのは、小柄なグレイシアのノエリアだ。
エヴァの手持ちの中で唯一、彼の部屋で生活をしている。温室育ちのせいで、彼女はかなり気品あるポケモンだった。
『…もうお昼寝の時間ではないけど』
ノエリアの言葉に(実際ポケモンの言葉はわからないが、彼女が窓の方を見ながら何か言うものだから)エヴァは窓際を見やった。
確かに、既に星が瞬いている。
窓を開けてそこから顔を出すと、ノエリアは彼の肩に飛び乗った。
下には、フィアンマ(ギャロップ)が眠っているであろう馬小屋が見えた。
いや、彼のことだから、まだ起きているだろうか。
「えーっと……あれが確か、ペルセウス座だ」
そこから見上げると、眩く光るミルファク。
今でも覚えている、イヴの残した星空の世界。
そこに、流れ星が通った。
「あ…」
思わず声が漏れる。
その光が、十年前にあまりに似ていたものだから。
「嗚呼…ノエル、知ってるか?
 流れ星に願い事をすると、それが叶うんだってさ。東の国のまじないだ」
『そんなの迷信よ』
馬鹿馬鹿しい、とばかりにノエリアがエヴァを見る。
だが、エヴァは笑った。
俺は信じたいな、と。
例え迷信だとしても、信じることで繋がれる気がしたから――。

「あ、流れ星!」
そう言って星空を指差したのはラーラだ。
「えっと…みんなが幸せになれますように!」
「何だよ、それ」
両手を合わせて唱えるラーラに、ローランは怪訝そうに問う。
知らないの?とラーラは言った。
「流れ星に願い事をすると、願いが叶うんだよ」
一匹は「まさか」と言い、もう一匹は「マジで?」と言い、もう一匹は「すごい」と言った。
そしてもう一人――零という名前を持つ碧目の青年――は、黙って夜空を見上げた。
その話は、自分も確かに聞いたことがある。だが、いつどこで聞いたかは覚えていない。
「ねぇ、零は信じるよね?」
ラーラに見上げられ、零は笑った。
「うん」
すると、興味津々にこう尋ねられた。
「じゃあ、どんなお願いをする?」
だが、唐突なその質問には、流石の零も暫し黙り込んでしまった。
そんなこと、いきなり言われても困ってしまう。彼は「どうしようかな」と、曖昧に笑って誤摩化した。
だがきっと、急かされたらこう答えただろう。
"今あの流れ星を見た者全てが、幸せになれますように"と。
叶うはずのない願いでも、信じることで届く気がしたから――。

* * * * *

「イヴ、みて、また流れ星!」
「あ、本当だ!」
「ねぇ、お願い事しようよ!母上が、流れ星にお願い事すると叶うんだって!」
「うん!」
二人の少年は、何の疑いもなく共に掌を合わせ、そして――
『ずっといっしょにいられますように!』
そう、星空に願いを託した。



- 何処かで双星を見てる 君を今も傍に感じてる -