垣間見るのは鬼と蛇と  作:スピネル 投稿日時:09/12/28


穏やかな秋の日差しが店先に降り注ぐ。
落ち着いた空気を肌に感じながら、はたきを鳴らす。
今日は八霧がいないので、僕が彼女の店――呪屋の店番をしている。
といっても、僕に彼女のような呪いや薬剤の知識はないので、用件を聞いて言伝するだけなのだが。

「……此処がそう」

「おお。結構、大きいね?」

「うん」

店先で声がする。
一つは娘のオルムのもの。どうやら帰ってきたらしい。そしてもう一つ。僕の記憶が確かなら、あの声は――。

「お邪魔、しまーす」

「ただいま、御父様」

「…お帰り。そしてようこそ、君が此処に来るとは珍しい」


何処か炎を連想させる金の髪、夜の薄闇を彷彿とさせる藍の瞳。佇まいとは裏腹に、何処かぼっとした雰囲気をその身に纏わせる、凛瑠と呼ばれる少女がそこにいた。
彼女はきょろきょろと、物珍しそうに棚を眺めて呟く。

「色々、あるね」

「うん。八霧のものだけれど」

呟くように言った彼女に、オルムはそれに生真面目にこくりと頷きを返しながら答えた。凛瑠はそうなんだ、と笑顔で返す。
…彼女は八霧の古友であるヒイラギの恋人であるが、それと同時にオルムの親しい友人でもある。恐らくは、オルムが自宅に遊びに誘ったのだろう。
彼女は害を起こすことはまず無いだろうし、家に上げても大丈夫と判断し、僕は中を示した。

「家主は出かけているが、上がるといい。お茶でも出そう」






とりあえず居間で待ってもらい、台所で緑茶を用意してから戻ると、なんと言うか、早速弄られていた。

「布団は用意してありますので、どうぞお気兼ねなく」

「しんじゃえ、ヘル」

「シモは止めとけッて言っただろーが…」

……先程まで居間にいたのは、客人の凛瑠にオルム。そして遊びに来ていたハティの3人だけだった。そして何処から嗅ぎつけたのか、いつの間にかヘルが居間で当然のように凛瑠に話しかけていた。

「……張っていたとしか思えんな」

「偶然です。別に話を聞きつけて今日は出て来るまでこの部屋に潜んでいたなどということは、決して」

思わず口から出てしまった僕の呟きに、目線だけを此方に向けながら答える。
……色々な意味でとても偶然とは言えないとは思ったが、ヘタに反応するとドツボに嵌るのは解りきっていたので、我ながら力が無いと思う声で「そうか」とだけ返した。

「何してんだこの暇人が」

スルーという概念自体なさそうなハティがびし、とヘルの脳天にチョップを叩き込む。
痛、と言いながらもコミュニケーションを取れることが嬉しいのか、ヘルは口元は笑みを浮かべていた。
僕は全員(ヘルには自分の分をあげた)お茶を配りつつ、その様子を観察する。

「…茶請けは何が良いかな?」

「あ。おかまい、なく」

「ダイヤモンドの漬物石を」

「もう黙ってて」

オルムが少し苛立ちを含ませた口調でヘルに言う。
…先程まで凛瑠に話しかけていたのとはまるで別になっているあたり、この姉妹の仲の悪さが覗える。
……いやまあ、心底ではお互い大切に想っていることは解っているが。親としては、できれば普段から仲良くして欲しいものだと思ってしまうのである。

「…にしてもアネキ、連れてきてどうしようってんだ? 此処、暇潰し用具どころか、電化製品すらまるで無いぜ?」

「八霧さんが文明の利器苦手ですからねえ。電子レンジを1日で破壊したのには驚きました」

「そうなの?」

「…八霧が電化製品を破壊できるほどに動かせるわけが無いだろう…?」

何故か物悲しさを覚えつつ、オルムに答える。
元々捏造エピソードなのは解っていたのか、冗談は顔だけにしろよとばかりに満面の笑顔を浮かべていた凛瑠だったが、ふと僕の方を見上げて。

「八霧は、機械、苦手なの?」

「ああ。ついでに言えば横文字もそうだな」

「御父様も苦手じゃないですか」

「僕は組み立てはともかく、マニュアルを読めば操作くらいはできる」

「…宇宙人の会話聞いてるみてェだな。オレには耐えられねェぜ、機械の無い生活なんてよ」

外に止めてあるバイクを見ながら、ハティが呟く。
もちろんハティが言うのは、退屈凌ぎができなくなるという意味である。
退屈凌ぎと侮る無かれ。寿命が異常に長いバケモノにとって、退屈凌ぎの確保は最早、生存欲求とほぼ同格なのである。
ヘルは暇潰しの対象はもっぱら人間で、オルムはそもそも退屈を感じないような精神構造をしているので、こうした生活にも慣れているのでハティの言葉はピンと来ないのか、小首を傾げている。
それは彼女も同じなのか、少し不思議そうな目でハティを見ていた。ハティも凛瑠からそうした視線を受けるのは予想外だったのか、苦笑気味の笑顔を浮かべながら尋ねる。

「……他二人はともかく、アンタも機械オンチとかいうオチかい?」

「凛瑠さんは、携帯電話くらいなら何とか、使えます」

ちょっと威張る仕草を交えつつ、彼女は言った。
……携帯電話を鈍器として使用しているんじゃないかと一瞬思いかけたが、流石にそれは無いだろうと思考から抹消した。

「鈍器として、ですか?」

言った。ヘルが何の躊躇もせずに言いました。

「…………そんなことないよー☆」

大分長い沈黙の後に、可愛らしく凛瑠は言った。
こと彼女だと冗談なのか本当に使用しているのか、極めて判別がし辛い。

「…やりかねそうだが」

「ん、スピネル、なんか言ったー?」

「いや。僕の知り合いには、携帯電話を鈍器として使用しそうなのがいるなと思ってな」

もちろん、候補の一名は君だが。
しかしその先は言わなかったので、彼女は「ふーん」とだけ返す。
…と、ハティが改めてオルムに先の質問を繰り返した。

「…で、何でこの姉ちゃんを連れて来たんだ? アネキ。何にもねぇだろうに」

失礼な物言いだが、確かにオルムが目的無く他人を家に上げるとも思い難い。僕もオルムの方を見ると、オルムは一度こくり、と頷いてから。

「暫く来れなくなるみたいだから、やれることはやっておこうと思ったから」

「…いやなアネキ、それは良いんだけどよ。何で連れて来ようと…」

「…よく解らない。何となく、そうしたいと思った」

「えェ?」

困惑したような声を上げるハティ。
自分の姉が「何となく」で行動したことが、信じられないらしい。
……アレは何千年と生きてきて、未だにこの子が「何となく」でしか行動しないということに気づいていないのだろうか。いないんだろうなぁ。
心中溜息をつきつつ凛瑠はどうなのだろうと見てみると、そうなんだー、と言いながらオルムを膝に乗せていた。
…案外、彼女の方は気づいていたのかもしれない。

「うん」

こくこくと、オルムは何処か楽しそうに頷く。
それを見ていたヘルが、僕に目を向けて小さく苦笑気味の笑みを送った。
言いたいことは何となく伝わる。「まるで、姉さまの姉さまができたみたいですねえ」といったところだろう。
僕は頷きを一つ返し――そうして、思い当たった。

「…ハティ」

「あん?」

「一つ尋ねるが、君はオルムが『何となく』で行動しないと思っているのか?」

するとハティはニィ、と粗野な笑みを浮かべながらこう返した。

「本人が意識してるかしてないかって違いがあるだけで、行動には何かしらの理由があるもんだぜェ?」

「気紛れでもか?」

「気紛れも理由さァ。でもよ、姉貴は気紛れじゃァあんまり行動しねェだろ?」

「……それはまあ、確かに」

…どうやら誤解していたらしい。
ハティは僕とは違う目線で、オルムを理解していたということなのだろう。
…さて、それでは何故、彼女は凛瑠を家に連れてきたのだろうかという疑問が残ることになるのだが――。
それはまあ、物言わずとも楽しげな二人を見ていて、何となく解る。

「それはきっと単に」

僕の思考を先読みしたかのように、ヘルが唄うように呟く。

「…共通の想い出を求めて」

僕はそれに返す。
何を言っているのかと、怪訝な顔で見る凛瑠に、僕とヘルは同時に吹き出してしまったのだった。