逃亡の果て  作:フリック(PL:めりやす) 投稿日時:11/10/18


もう嫌だ。俺は本当に…逃げる。
前にもこんなことはあった。俺は逃げようとした。
だが、まだその時は思い留まった。

「フリック、どこー?出てきてよー!」

遠くからカルゴが叫んでいるのが聞こえた。
散々からかっておいて、探しに来たのか?

俺は見つからないように隠れていた―。





―いつの間にか、眠っていたらしい。
自分でもよほど疲れていることが分かった。

もう夜だ。だいぶ暗いし、誰もいない事からして、夜中だろう。

さて、これからどこへ行こうか…。
なんて考えていたとき、一つの声が聞こえた。

その声は小さかったが、はっきりと聞こえた。

「フリック…?どこに、いるの…?ねぇ…帰って、きてよぉ…。」

カルゴの声だった。昼からずっと探してたのか?
今の声からして、泣いているらしい。
と、ものすごい叫び声が聞こえた。

「うわあああぁぁ!!!フリック、フリックー!」

いや、泣き叫んでいる、と言うべきか。



…考えてみれば、カルゴのそういう所が気に入っていた。
それが、いつまでも離れられない理由だった。
あいつらもそうだった。
初めて会った時から、楽しそうに話してて…。

その時、ついていく事を決意したんだった。



そんな事を思い出し、やっぱり思い直した。

―帰ろう。

そう思った。


その時突如として、視界が歪んだ。
足元がふらつく。

…麻酔か何か撃たれたらしい。

…。



そんな事を少し考えた後、その場に倒れこんだ。
意識が薄れていく…。





「…眠ったか。よし、連れて行け。」
 


―目が覚めた。

…どこだ、ここは…?
何やら薄暗い…檻、のようだった。

まだ麻酔が完全に切れないのか、
体が思うように動かない。
少し痺れているようだ。
とは言っても檻はかなり狭かったので、
どちらにせよ動けなさそうだった。

とりあえず周りを見回してみた。
横と後ろには、壁があるだけだった。
前には―多分今自分が入っているのと
同じものであろう檻が大量にあった。

前の檻はほとんど空だったが、
1つだけポケモンが入れられていた。

…1匹のヒメグマだった。

眠っていたが、俺より後から入れられたのか、
ただ休んでいるだけなのかは分からなかった。

とにかく、この状態では何も出来ない。
しばらく考えながら待つ事にした。



…そもそも俺は、何で捕まった?

普通のトレーナーだったら、
こんな檻があるわけ無い。
第一普通にバトルして捕まえるだろう。

ポケモンハンターだったとしても妙だ。
俺は別に色違いでも無いし、
特殊な能力を持ってる訳でも無い。
捕まえてもあまり意味が無いわけだ。

なら誰が、何の為に…?



そんな事をずっと考えているうちに、
体の痺れも取れてきた。

そして―、前の檻にいたヒメグマが目を覚ました。

周りをキョロキョロしている。
かなり…心細そうだった。
ということは、俺よりも後に来たらしい。

ヒメグマは、しばらくそのまま見回していたが、
少ししてあちらも、俺の存在に気付いたらしい。



とりあえず、話しかけてみることにした。
他にすることも無かったが。

「おい、ちょっといいか?」

「…え?」

後ろを向いていたので、少し驚いたらしい。

「少し話そう。…お互い捕まってるみたいだしな。」

「あ、はい…。」

「ま、とりあえず自己紹介…か。
話すのはそんなに好きじゃないんだが…。
この際だしな。俺はフリックっつーんだが…。
お前は?」

警戒しているのか、しばらく間が空いた。
それから、ヒメグマはゆっくりと口を開いた。

「…僕は、ピース。森で何かされて…。
気がついたらここだった。」

「…!ってことは、俺と全く同じか。」

「同じ…?」

「俺もそうやって連れて来られたんだよ。」

「どうして連れて来られたのか…って、
心当たりありますか?僕は全く無いんですが…。」

「…俺もそんな心当たり無いよ。」

「そうですか…。」



その後しばらく沈黙が続いた。



その静寂を打ち破る、と言うには小さかったが、
どこかから足音が聞こえてきた。

意外と広いらしく、不気味に足音が反響した。
さっきのヒメグマ…ピースも耳を傾けている。



そして…やってきたのは一人の人間だった。
マントのような物を被っていて、
顔は分からなかったが、人間だということは分かった。

「俺を捕まえたのは…お前か?
もしそうだとしたら…、何者だ?」

今一番訊きたい事だった。

「ああ俺だ。俺はハンターだよ。
聞いた事くらいあるだろ?お前らを売るんだ。」

表情は分からなかったが、冷淡な口調だった。

「でもどうして…?僕たちなんか売れるの?」

その質問はピースがした。

「ん…。聞かない方が良かったかもしれないな。
お前らは、実験用としてまとめて売り飛ばす。
それなら、何の能力も無くたって十分に使える。」

淡々とした口調で恐ろしい事を言う。

「なっ…!?実験!?」

「ああ。人間じゃヤバいレベルのな…。
闇実験だよ…。まず生きては帰れないなぁ?」

そんなことを面白がるような口調でっ…!


「いやだあああぁあぁぁ!!!」

突如、ピースが叫びだした。

「ったく、うるせぇなあ…。おい、黙らせろ。」

ハンターがボールを一つ投げた。
中から出てきたのは…ノクタス。剣を持っている。
そいつはピースの檻に近付いて行った。

「ぇ…?」

ノクタスは、ピースに向かい…、剣を振り下ろした。

「っああぁ!!!」

悲鳴が反響する。
ピースが、斬られた。

「俺に逆らうとそうなるって事だよ。
気を付けるんだな。どうせもうすぐ“出荷”だが…。」

ハンターは、ノクタスをボールに戻し、
笑いながら歩いていった。

「おい、大丈夫か!?」

「痛っ…。傷はそこまで深くは、無い…。」

とりあえず安静にしていれば大丈夫そうだった。

「今は大人しくしてたほうがいい。下手に動くな。」





そうして、その日は終わった。

これから、どうするか―。
 


―翌日、早朝。

目が覚めた。地面が冷たい。どこだ、ここは?
…思い出した。捕まってたんだったな。

ピースはまだ寝ていた。傷の具合は良さそうだった。
とりあえず、まだ寝かせておくことにした。

と、通路の方から足音が聞こえてきた。
やっぱり不気味に反響する。



―いつの間にか、その音でピースも起きていた。



…やって来たのは昨日のノクタスだった。

「…っ!」

ピースが息を呑む。
かなり怯えているらしく、小刻みに体が震えているのが分かった。



「…昨日は悪かったな。」

「…え?」

口をついて出てきた言葉は意外な物だった。

「なんで…。」

「やんなきゃ俺が売り飛ばされるだけだ。
別に俺はあんな事やりたくもないさ。」

「なっ…。」

ピースは呆然としていた。



「そうそう、それからお前。」

ノクタスが急にこっちを向いた。

「…なんだ?」

「名前はなんて言う?」

これまた、意外な質問だった。
だが、すぐには答えない。

「どうしてだ?」

「…ったく、警戒してんのか?別に何もする気は
無い。…だったら俺の名前を教えてやるよ。
俺は…ウィンズ。『吊るされし男』さ。」

「…こんな事聞いてどうする?
まあ仕方ないか…。フリックだ。」

何のために聞いたのか分からないが、一応答えた。

「ふーん…。やっぱりそうか。
お前さ、例の島で探されてなかったか?」

「…!…ああ。その通りだ。」

「やっぱりな。ってことはもしかすると、
お前は逃げられるかもな…。」

「逃げられる…?」

「ま、俺の気まぐれだがな。」



その言葉を最後にして、ウィンズは足早に去っていった。
 


カフェで自分宛に受け取った物は、地図だった。
この島の地図だったが、点が一つ付いていた。

そして今、僕はその点の場所にいる。
森の中の奥深く、迷いそうな所だった。

その上、夜なのでかなり暗い。
怖かったが、炎・電気タイプが多い事が幸いだった。



…だが、来たはいいものの、何も無い。

「ここ…だよね?」

フレウに照らしてもらいながら地図を確認する。
やはりこの場所で間違いは無かった。

「やっぱり何か、別の意味なのかな…。」

だとしたら、別の意味とは何か?
…そう考えてみても、答えは見つかりそうに無かった。



そんな事を考えてしばらく立ち止まっていると、
―目の前に突然霧が現れた。

中から出てきたのは…1匹のノクタスだった。
ノクタス…!カフェで聞いた種族と一致した。

「ん…?何だ、お前ら?」

「僕宛にこれを渡したのは…君?」

先程の地図を見せた。

「…!ってことは、お前か?カルゴ、って。」

「ああ、そうだ。…やっぱり何か知ってるんだね。」

「…まあな。」

期待していた言葉だった。

「まず一つ質問がある。フリックは…生きてる?」

「ああ。“まだ”生きてるよ…。」

それも期待していた言葉だったが、余分な部分があった。

「“まだ”…?まだってどういう事?」

「つまりだな…もうすぐ殺されるって事だ。
正確に言えば“売られる”だがな。」

ノクタスは、冷酷に、淡々と続けた。

「…っ!!」

と、その時、ノクタスの横を火球が掠めた。
…隣にいた、フレウが放った物だった。

「…いいからさっさとフリックの居場所教えてよ。
早くしないと…次は直撃させるよ?」

いつもとは違う、強く、冷たい口調だった。

「…!ああ、分かったよ…。案内してやる。
その代わり、何も訊かずについてこい。
余計な事言うとその場で立ち去るからな?」

「…分かった。」



ノクタスは今来た霧からまた入っていった。
それに続いて入っていく。

霧から出た向こう側も、暗い所だった。
街灯が少しだけあったが、あまり明るくは無い。
少し前に歩き出していたノクタスの後を追う。



しばらく歩いた後、ノクタスが立ち止まった。

「…この下だ。」

そういって指したのは、マンホールのような蓋だった。

「え?…ここ?」

「そうだ。」

ノクタスが蓋を持ち上げると、下には暗い階段があった。

「ここに、フリックが…!」

駆け込もうとしたが、それをノクタスに手で制された。

「おっと待て。今日はまずい…。」

「何で…!?ここまで来たのに!」

「今日は俺の飼い主…つまりハンターの見廻り日でな。
救出するには危険すぎるんだ。」

「なっ…!でも僕はもともとのトレーナーだ。
返してもらうことぐらい…。」

「無理だな。常識が通じる相手じゃない。
お前らまで捕まって売られるだけだぞ?」

「…そんな…。」

絶望した。ここまで来たのに―。

「…だが、あいつが売られるのは明後日だ。
それまでに助けられれば話は別だ。
まあ、せいぜいがんばりな…。」

「え、あ、ちょっと…!」

手を伸ばす前に、蓋は閉められ、鍵が掛けられた。



「…とりあえず、一旦帰ろう。
態勢を整えて…明日、行くよ。」

「今はあのノクタスの言った事を信じるしかないか…。」





帰り道を重い足取りで歩いていった。
 


今、昨日霧が現れた場所―森の奥深くに立っていた。
…昨日の霧は無かったが。

「あっちから来ないと、開かないんだ…。」

昨日はあのノクタスが丁度良く来たので行くことが出来た。

「こっちから、どうやって入ったら…!」

そう嘆いたときだった。
目の前に、あの霧が突然現れた。

「え…?」

あのノクタスがまた来たのかと思った。
しかし違うらしかった。いくら待っても誰も出て来ない。

しばらく見ていたが、そのうち霧が消えそうになった。

「とっ、とにかく行くよ、フレウ!」

「りょうかいっ!」

霧が消える寸前に飛び込んだ。





着いたのは、昨日と同じ場所だった。
まあ当たり前と言えば当たり前なのだが。

昨日のマンホールの場所へと急ぐ。
急いだのでわりとすぐに着いた。

…しかし、また一つ問題があった。
蓋が開かない。まだ鍵を掛けられているようだった。

「くっ…!無理だ。どうやっても開かないよ。」

「…ちょっとどいてて。」

その時、フレウが横から入ってきた。

「…え?」

「開かないなら…熔かすまでだ。」

「ちょっと待ってよ!そんなことしたら…。」

「ああ、すぐばれるよ。だけど…そんなに長くはいない。」

思い出した。何が何でもフリックを助け出すのが目標だった。

「…分かった。頼むよ。」

フレウは、強めの炎で少しづつ蓋を熔かしていった。



「これぐらい…かな?」

フレウがそう言ったので、試しに軽く踏んでみた。
蓋はさっきとは違い、簡単に落ちた。

「…よし。行こう!!」

その中の階段へと駆け込んだ。
フレウもそれに続く。

階段を駆け下りていくと、1本の細い通路に出た。

左右にはたくさんの檻があったが、どれも空だった。

「フリック…!」

大声で叫びたかったが、そんな事をすれば一発で見つかる。

一つ一つ、檻の中を確認していく。
少し歩いた時、左から声が聞こえた。





「…カルゴ!」

それは紛れも無く、フリックだった。
檻に入れられていたが、怪我等は無かった。

「フリック!」

檻に飛びついたが、やはりこれも
鍵が掛けられているようだ。

「フレウ、また…頼める?」

「もちろん。」

フレウにもう一度さっきと同じ事をしてもらい、焼き切った。

「お前ら…どうしてここに?」

「説明は後だ!早く逃げるよ!」

もと来た方向に走り出そうとしたが、フリックに回り込まれた。

「ちょっと待て。こいつも…助けてやってくれ。」

フリックが指したのは、フリックがいた檻の反対側。
そこにあった檻の中には、1匹のヒメグマ。

心細そうにこちらを見ていた。

「…しょうがないか。
フレウ、悪いけどもう一回だけ頼める?」

少し考えてから、フレウに言った。

「…分かった。周りを見張ってて。」

フレウが熔かしている間、フリックに聞いてみた。

「あの子は…知り合い?
まあ知り合いじゃなかったとしても助けるけどさ。」

「…ああ。ここで知り合った。」

そんな事を話しているうちに、もう檻はこわれたらしい。

「さ、早く出て…ん?この傷…。」

「あ、大丈夫ですよ…。」

そのヒメグマには、確かに大きい傷があった。
それもまだ完全に治っていない物が。

「…結構傷が大きいな。下手に動かない方が良いよ。」

そういって、ボールを一つ投げた。
中から出てきたのはフーフ。

「そこのヒメグマを乗せてってあげて。」

「りょうかーい。」

フーフの背にヒメグマを乗せた。

「ありがとう…ございます。」

「お礼ならフリックに言ってよ。
言われなきゃそのまま行く所だったんだからさ。」



「そんな事後にして早く行こうよ!」

フレウに急かされた。
確かに、早く逃げた方が良さそうだ。

「よし、行くよ!」

もと来た方向に向かって走り出す。



が、その時階段から黒いマントを着た男が下りてきた。

「ふーん…。お前らか。ここの入口壊して入った奴は。」

「っ!」

よりによって鉢合わせてしまった。

「まあいい。お前のポケモンをさらに追加しよう。」

「悪いけど、ここで捕まっちゃいられないんだ。」

「だったら無理やりにでも止めるだけだ。」

そういって男はボールを一つ投げた。
中から出てきたのは…ノクタス?

「そいつら全員生け捕りだ。」

「なっ…。」

昨日のノクタスだった。別個体ではない。
明らかに服装まで同じだった。

「どうして…。」

「…。」

次の瞬間、一瞬で後ろに回りこまれた。

(まずい…!)

思わず目をつぶった。

…が、目を開けてみると何とも無かった。
後ろを振り返ると、そこにはノクタスに
飛びかかったフューがいた。

「…ギリギリ間に合ったみたいね。」

後ろに回りこまれた瞬間、
フューもボールから出ていたらしい。

突然の事だったので、ノクタスも体勢を崩し転んでいた。

―逃げるなら今しかない。

「走るよ!!」

男の横を駆け抜け、階段を駆け上がった。
そしてもと来た道を全力疾走する。
さっきの場所まで来ると自然に霧が現れた。
そのままその中に飛び込む。



島に戻った。

…追手は来ない。何とか逃げ切れたらしい。

ここまで走ってきたせいでかなり息切れしていた。

「みんないる!?…1、2、3、4、5、6、
と…そのヒメグマ君か。全員いるね。」

安堵の息が漏れた。
疲れた。ここで寝てしまいそうだった。

…が、その前に一つしておきたい事があった。

「フリックー!」

フリックに飛びつく。久しぶりの感触だった。

「…ごめん、フリック。」

ずっと言いたかった。

「…。」



フリックは少し驚いたような顔をしていたが、
その後優しい顔で一つ、頷いてくれた。