SF短編『ワナビイはお留守番』

「兄が自分の部屋でこっそり○○を飼っていた件。」
女子高生と謎の同居人が静かに、ひそかに、互いを知ろうとする十日間。

[概要]

作:Rista Falter
文庫(A6)サイズ
2024/1/7 もじのイチ〜なんのへんてつもない一次創作文芸同人誌即売会〜にて初頒布

書影


[試し読み]

一日目

 來夜の兄に対する印象に「悪趣味」が加わった。
 発端は十二月の半ば。夕食の後、兄は両親に内緒で妹を呼び出し、大きなキーホルダーが付いた鍵束を託した。
「冬休み暇だろ。明日から、俺の部屋の掃除と植木鉢の世話を頼む」
 昼と夜の二回、海外旅行から帰るまでの十日間。
 初回を午前中に済ませようと考えた來夜は、旅立つ兄を見送ったその足で、問題の部屋に踏み込んだ。
 日の当たる窓辺に大きな葉を広げる鉢植えが二つあった。土は充分に湿っている。無駄ではと思いつつも一応ジョウロを傾けた。それから掃除をしようと振り向いて、見てしまった。
 棚の上に銀色の盆があり、人の首が載っていた。若い男に見える。ファッション雑誌でよく見かける髪型で、ぱっちり目を開き、口元を緩めている。
 そう、笑っている。
「やっと気づいた」
 頭部しかない誰かの口が動いた。
 來夜は悲鳴をとっさに口ごと塞いだ。騒いだら近所迷惑だ。
「……誰?」
「僕はワナビイ。亜飛夢の友達」
 つい漏れた言葉に反応された。
 最近どこかで見たアニメのCMを思い出した。動いて会話して空を飛ぶ生首。あれに似ているけど違うのは、兄の名を呼んだことと。
「な、なんで、お盆の上?」
「昔話にならったのかも」

 來夜は怒っていた。自身ではそう思っていた。
 適当に掃除機をかけたあとは問題の部屋を出て、最低限の用のほかは自分の部屋にこもり、手当たり次第に動画を見て過ごした。気が緩むたびにあの奇妙な「生首」を思い出しては心にさざ波が立つので、それを少しでも鎮めたかったのだ。
「食欲ないの?」
 夕食の席で母親に指摘され、箸を持つ手が止まっていたと気づいた。
「お昼もそんな感じだったけど」
「別に」
 來夜はとっさに首を振った。
 何を考えていたかは言えない。親に内緒で、が兄のつけた条件だった。しかし黙っていても怪しまれる。無難そうな話題を探して、かろうじて一つ掴んだ。
「お盆の上に生首を飾る話、って知ってる?」
 唐突な話に両親も食事の手を止めてしまった。父親が口を開くまで一分はあっただろうか。
「もしかして『サロメ』のことかな」
 聖書の一場面を題材にした戯曲があるという。
 姫君が囚われの男に恋をするが男はなびかない。周囲にそそのかされた姫は男の首をはねさせ、盆に載せたそれを手に入れる。なんだか怖い話だった。
「でも急にどうした?」
「ちょっとね」
 正直に話せたらどれほど楽だろう。
 思ってから気づいた。この心の感触は怒りや苛立ちではない。
「そっか。怖いんだ」
 言葉にしたら少しだけ波が収まった。

 ベッドに入って目を閉じるまでは穏やかに過ごせた。眠ろうとした瞬間、棚の上で笑う首がまぶたの裏に現れた。來夜を身震いさせるのはやはり好意的な感情ではない。
「どうしよう」
 兄は大学に進学してからしばらくして、突然、自分の部屋の扉に補助錠をつけた。それも外側と内側の両方に。だから本人の外出中も在室時も鍵がなければ入れない。さらに「自室の掃除は自分でやるから勝手に入るな」と母親に宣言し、妹も巻き込まれる形で同じ約束をさせられた。出入り禁止の理由を聞いてもだんまりを通された。
 母親にあれを見せたくなかったからなのか。確かにあんなものを見つけたら即捨てそうな人だけど。
「どうしよう」
 その補助錠の鍵を昨夜いきなり預けられた。わざわざ親を締め出したのに留守を預けるのが嫌で、ちょうど妹がいたから後を任せた、それくらい軽い気持ちだったのかもしれない。
 一応タダではない。頼まれごとを引き受ける条件として、帰国したらなんでも好きなものを買わせる約束を取りつけている。
 厄介を押しつけた張本人は今頃も飛行機の中だろうか。スマホから送った抗議には一向に既読がつかなかった。