その夜の月は、世界で一番美しかったかもしれない。

 暗く静まりかえった森の中に、男が立っている。
 手には刀。血を滴らせるその刃のように紅い着物を、右肩をむき出しにする形でまとっている。鋭く、慈悲のかけらもない視線は、足下にはいつくばる男に向けられていた。
 菅笠に白装束、見るからに旅の僧と分かる老人は、なおも自分に斬りつけた男を仰ごうと必死に首を動かしていた。
――わしは、もう、だめだ。
 うめき声を聞いたのは気のせいか。
――この、森に、……朱雀など、いやしないのだ。
 老僧の体から力が抜け、動かなくなった。
 森がざわめいた。

「………………」

 男が顔を上げると、世界は真昼だった。
 菅笠の下には乾ききった骨と、一枚の小さな鏡が残されていた。




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