めざめの朝  (2007/3/18)


 「……痛っ」

 軽く身体を動かしただけで、頭のてっぺんに痛みを覚えた。
 昨夜のどうこうじゃない。
 今さっき、壁らしき場所にぶつけた反動だった。



 降り注ぐ悪意の大雨を見上げた時、ヒロは、自分の中で何かが「弾ける」瞬間をありありと感じた。
 後はもう、流れに任せて。
 計画や狙いや打算があったわけじゃない。
 しかし、この世界――特に野生の世界――では最も単純かつ的確な基準、自らの直感に従って、彼は飛んだ。
 立ちこめる雨雲の、さらにその先を目指して。
 雷に打たれても(実際は電撃波だったらしいが本人は気づいてない)突き進むことをやめずに、

 いつの間にか暗闇の底へ落ちていた。



 目を覚ますと、もう朝だった。
 何とも言えない窮屈さと気だるさ、手足の先に微妙に残る痺れに違和感を覚えながら身体を起こす。

 まず、ベッドの隅で静かに燃える炎を見た。
 やけに遠い尻尾の先から手前へ、足、腹、手元へと視線を移す。
 最後に横向きの身体が潰していた、見慣れない付属物を目にして、その正体を知る。

 そこでようやく、ヒロは自分の身に起きた異変を悟った。

「………………」

 進化。
 トレーナーに手を引かれ故郷を出てから、長い別離と突然の再会を経て今に至るまで、片時も忘れなかった夢。
 ずっとずっと願い続けてきたこと。
 その成就は、拍子抜けするほどあっけないものだった。

「……何、無駄に気合い入れてたんだか」

 力を解放した瞬間の自分ではなく、その前までの自分に悪態をつきながら、ベッドの上に座り直した。
 そういえばここはリスタの部屋だ。
 狭く感じるのは自分が大きくなったからだろう、と理屈をつけて違和感を拭った後、ふと傍らを見た。

 そのリスタが、座った姿勢のまま寝ていた。
 ベッドの縁を枕代わりに、ヒロを包んでいた毛布にすがるようにして。
 見ようによっては泣き疲れて眠ってしまったようにもとれた。

「本当、……僕らがしっかりしなきゃいけないんだよね」

 ヒロはリスタを踏まないよう、尻尾の炎でシーツを焼かないよう、細心の注意を払ってベッドを離れた。
 そして静かに眠るトレーナーにそっと両手をかけ、抱え上げた。

 いつも隣で見上げていたトレーナーを、今度は自分が見下ろしている不思議。
 持ち上げた瞬間に実感する、驚くくらいの軽さ。

 変わったのは何もかも、じゃない。自分だけ。
 それでも自分を取り巻くあらゆるものが変化したことを、ヒロは悲しいとは思わなかった。
 しかし確かな脱力感をその日じゅう引きずることになった。




彼はリスタ(オーナー)の最初のパートナーであり、後に彼女を守りきれなかった一匹である。

ヒトカゲとして登場した彼が、あこがれ続けていた最終進化形へついに到達した、翌朝の話。
そのきっかけはとても唐突なもの。

夜の火山に現れた人工雨雲と、その主に狙われた1匹のポケモン。
守るために飛び出していった理由は、聞かれてもきっと言葉にならない、ささいな感情。

トレーナーを守るためでなかった、というのが、ポイントかもしれない。


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