「……痛っ」
軽く身体を動かしただけで、頭のてっぺんに痛みを覚えた。
昨夜のどうこうじゃない。
今さっき、壁らしき場所にぶつけた反動だった。
降り注ぐ悪意の大雨を見上げた時、ヒロは、自分の中で何かが「弾ける」瞬間をありありと感じた。
後はもう、流れに任せて。
計画や狙いや打算があったわけじゃない。
しかし、この世界――特に野生の世界――では最も単純かつ的確な基準、自らの直感に従って、彼は飛んだ。
立ちこめる雨雲の、さらにその先を目指して。
雷に打たれても(実際は電撃波だったらしいが本人は気づいてない)突き進むことをやめずに、
いつの間にか暗闇の底へ落ちていた。
目を覚ますと、もう朝だった。
何とも言えない窮屈さと気だるさ、手足の先に微妙に残る痺れに違和感を覚えながら身体を起こす。
まず、ベッドの隅で静かに燃える炎を見た。
やけに遠い尻尾の先から手前へ、足、腹、手元へと視線を移す。
最後に横向きの身体が潰していた、見慣れない付属物を目にして、その正体を知る。
そこでようやく、ヒロは自分の身に起きた異変を悟った。
「………………」
進化。
トレーナーに手を引かれ故郷を出てから、長い別離と突然の再会を経て今に至るまで、片時も忘れなかった夢。
ずっとずっと願い続けてきたこと。
その成就は、拍子抜けするほどあっけないものだった。
「……何、無駄に気合い入れてたんだか」
力を解放した瞬間の自分ではなく、その前までの自分に悪態をつきながら、ベッドの上に座り直した。
そういえばここはリスタの部屋だ。
狭く感じるのは自分が大きくなったからだろう、と理屈をつけて違和感を拭った後、ふと傍らを見た。
そのリスタが、座った姿勢のまま寝ていた。
ベッドの縁を枕代わりに、ヒロを包んでいた毛布にすがるようにして。
見ようによっては泣き疲れて眠ってしまったようにもとれた。
「本当、……僕らがしっかりしなきゃいけないんだよね」
ヒロはリスタを踏まないよう、尻尾の炎でシーツを焼かないよう、細心の注意を払ってベッドを離れた。
そして静かに眠るトレーナーにそっと両手をかけ、抱え上げた。
いつも隣で見上げていたトレーナーを、今度は自分が見下ろしている不思議。
持ち上げた瞬間に実感する、驚くくらいの軽さ。
変わったのは何もかも、じゃない。自分だけ。
それでも自分を取り巻くあらゆるものが変化したことを、ヒロは悲しいとは思わなかった。
しかし確かな脱力感をその日じゅう引きずることになった。
彼はリスタ(オーナー)の最初のパートナーであり、後に彼女を守りきれなかった一匹である。
ヒトカゲとして登場した彼が、あこがれ続けていた最終進化形へついに到達した、翌朝の話。
そのきっかけはとても唐突なもの。
夜の火山に現れた人工雨雲と、その主に狙われた1匹のポケモン。
守るために飛び出していった理由は、聞かれてもきっと言葉にならない、ささいな感情。
トレーナーを守るためでなかった、というのが、ポイントかもしれない。
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