ある朝の風景  (2007/4/27)


 その日の朝食の席はいつもより賑やかだった。
 折り畳み式の円卓を囲む面々にはリスタとポケモン達、同居するアルビレオとニーナに加え、何故かマックスとシイナもいる。マックスはセラから言伝を預かったと言って現れ、成り行きで食事の準備を手伝わされていたのだが、シイナが紛れ込んだ経緯や理由は実は誰もよく知らない。いつの間にか家に上がり、ちゃっかり1人前のサラダを食べていた。

「……そういや、兄貴は?」
「S氏ならこの時間はいつも来ないぜ。あいつモノ食べないし」

 そのシイナの質問にナイツが代表で答えた。
 機械の身体に普通の食事は必要ない。みんな分かっていることなので、円卓に彼の席は最初からなかった。

「確か風呂入ってんだっけ?」
「あいつ毎朝そんなことしてんの?」
「入浴はA-Typeの維持管理に欠かせない義務だそうだ」
「へぇ〜……」

 人間の姿のマックスがコーヒーカップに手を伸ばす。取っ手に指を通した直後、視界の端にぺろりと舌を伸ばすジャックルを見てしまい一瞬止まったが、怯んだことを悟られる前に表情を平静に戻した。
 それでもタナトスはくすりと笑っていた。心を読まれたのかもしれない。

「彼の気配はこの近くにはありません。散歩にでも行ったのかもしれませんね」
「……あ、あの……」

 おずおずと片手を挙げたニーナを見た2つ隣のマグが、自分の手元にある胡椒の小瓶を差し出そうとした。しかしニーナは小さく首を振った後、ほとんどつぶやきに近い声で言った。

「……サーリグさんでしたら、先日からずっと、離れに籠もったきりなんですが……」
「あー、そうだ。昨日一度様子見に行ったら、危うくニーナが殴られるとこだったからGバズで沈めといたんだ。もうそろそろ復活してる頃だろうけど、帰ったらセラに報告しといて」
「はいはい。DVもいい加減にしろよな……ったく」

 事務連絡のような口調で報告するマグに、というよりはその内容に、苦笑いが漏れる。

「でも、よっぽどキテんだな。最近変なトラブルにでも巻き込まれた?」
「どういうことですか?」
「いつだかセラが言ってたんだけど、あいつ結構不安定な存在だから、人助けを繰り返すと変なエネルギーが溜まって何かのバランスが崩れるんだと」
「良い事をするとストレスが溜まるってわけ? 変なの」
「へんなのー」
「手当たり次第に放出するほど力が有り余ってるとしたら、八つ当たりでボコられるのはまだマシかも」
「……そんなに、危険な状態なんですか」
「あいつ自身がもたなくなるって意味での危険と、お前らの身の危険が五分五分ってとこだな」
「…………」

 半信半疑を顔に出してマックスを見たリスタの目の前を、太い腕が横切った。ふっと顔を上げると、エルダが空になったグラスを取ってミルクをつぎ足す所だった。
 ヒロはもう一度、変なの、と言ってからフォークでベーコンを突き刺した。隣にいるメアリーが自分をじっと観察していることは知っているが、とりあえず気にしない。
 他のメンバーはただ静かにめいめいの皿をつついたり口を突っ込んだりしていた。

 と、唐突にカインが口を開いた。

「報告といえば……マックス、彼女にプロポーズしたって本当?」

 コーヒーを吹く音がよく響いた。
 一斉に視線が集まる中、マックスはしおれる草のように縮こまった。幸い口に含んでいた量は少なかったようで周囲に飛び散ってはいなかったが、口元からコーヒーカップが離れようとしない。

「……そんなんじゃねーよ、バカ……」
「ああ、あの時のね。アレは確かにプロポーズって言えるほどの格好いい内容じゃなかったわ」

 フォローのつもりなのか口を挟んだクロウズが睨まれて怯む。

「じゃあ何言ったんだ?」
「俺の所に来い! ……って」
「おい待て、そんな口調で言った覚えは」
「やっぱプロポーズじゃねーか」
「ついに本気で動き出したのね!」
「違う、あれはな、あんな状況じゃ本気で殺(や)られるって思ったから……」
「そういえば自分の一族に追い詰められてどうこうって話だったっけ」
「それじゃ望み薄ね。さすがに相手も向こうの世界の家族が大事だろうし」
「来ないことが理想なんだよな、建前上は」
「そりゃそうだけど、いや何だ建前って」

 S氏の話には触れようとしなかった面々も、ここぞとばかりに口を挟み始めた。
 あっけにとられているニーナ、涼しい顔で黙々と食べ続けるリスタを除いた全員が、カップを持つ手を震わせるマックスに視線を注ぐ。大半は好奇心と悪戯心いっぱいの表情で、残りはよく分からない様子で。

「大体お前じゃそもそも釣り合わないだろ。年も地位も収入も、どう計算したって彼女の方が断然上なんだぜ?」
「いやん、それって結婚すれば逆玉ってこと!?」
「海軍の司令官様だろ? 確かにランクは高いけどガードも堅そうな気が」
「脈ないわけじゃないのよ? 告白してきたのあっちだし、バレンタインには欠かさずチョコ送ってきてるし」
「そーいや去年のクリスマスだかにもさりげなく高級品貰ってたよーな」
「ところでちゃんとお返ししてるんでしょうね」
「……その顔は、できてないみたいだね」
「だったらチャンスだ! 給料3ヶ月分のダイヤの指輪をどーんと買って送ってだな、それで」
「ダメ、今の薄給だと2年分くらいは必要」
「頑張れハチテンゴコン!」
「頼むからそれは言うな、っつーか何期待してんだお前ら!?」


 その日の朝食の席はいつもより賑やかだった。



数少ない恋人持ちの一人が、お相手のピンチに助力を約束した、その翌日の話。

それからおよそ5年の歳月を経て、マックスは要職を辞した彼女を自分の家に招き入れることとなる。
よく耐えたよ……

back