上は暗闇。下は雪原。
どこまでも続く平行線の真ん中に、ナイツは1人たたずんでいた。
(……暗いな)
振り返るとそこには小さな神殿がそびえ立っていた。天井や5本の支柱は灰色に塗られている。やっぱり暗い。
それでもここは悪夢(ナイトメア)ではないらしい。神殿(イデアパレス)がそこに存在する事こそ何よりの証拠である。
(暗すぎる。誰だよ、こんな世界創った奴)
目の前に広げた自分自身の両手も、わずかな濃淡を持つ灰色の塊でしかなかった。胸の宝石さえ輝きを失っている。
自分の他に動きがあるものと言えば、支柱の1本に据えられた球体くらいだろうか。
純粋を象徴する白のイデア。その光も心なしか弱々しく、不安ばかりかき立てた。
(こういう趣味なのか……それとも)
ナイツは地面を蹴った。
瞬く間に雪原がはるか下へ遠ざかる。
(違う意味でヤバかったりして)
夢の主を捜しつつ、時々後ろを振り返ってイデアパレスの位置を確かめた。こんな所で遭難なんてしたくない。



青年は何かを探していた。
一見、目的もなくさまよう旅人のようでもある。しかし無気力ととらえられそうな目は絶え間なく動き、確かに何かを追っていた。
やがて彼は足を止め、前屈みになって雪の一片をすくい上げた。
手のひらにのせた雪はあっけなく溶けて流れ、絵の具を入れる白い小さなチューブが残った。ラベルの青い文字は半分ほどかすれて読めなくなっていた。
彼はチューブをその辺に放り投げると、また歩き始めた。



(おっかしいなー……そう遠くへ行けないはずなんだけど)
飛び続ける自分の影が雪の上に映らない事を、不思議に思ってはいけなかった。上から照らす光がないのだから。
ナイツは一旦空中で静止し、大きな目をさらに広げて辺りを注意深く見回した。人らしき影は見あたらなかったが、きらきら輝く何かが雪原の上に点在しているのが見えた。
その一つが近かったので急降下した。両手から生じた光の粉が、流れ星のような軌道を描く。
地面に降り立つとすぐ、小さな光の元に手を伸ばした。
(……何だ、これ?)
白いチューブにすみれ色のかすれた文字。モノクロの世界で、ここにだけ色があった。
ナイツはそれを握りしめたままふわりと飛び跳ねた。
着地した場所に、またもチューブが1本。今度はワインレッドの文字がはっきり読めた。

 “piece of courage”



青年は雪の中に埋もれるように座っていた。
その近くには若草色の破片が残るチューブ。ついさっき捨てたものである。探し求めているものは一向に見つからず、彼は途方に暮れていた。
何度目かのため息。
うなだれては首を振り、真剣な顔で考え込む。
そんな事を繰り返していると、突然誰かが手を差し出した。
「やっと見つけた。こんな所で何ヘコんでんだよ」
黒と白で出来た道化の少年が目の前に立っていた。青年が驚いて顔を上げると、少年は手を後ろに回し、何かを取り出して青年に見せた。
「オマエが探してんのって、これ?」
青年はワインレッドのチューブをしばらく見つめていたが、やがて残念そうに首を振った。
「じゃあ何がいいんだ、オレも探すの手伝うから教えろ」
もっと強く首を振ると、少年は諦めたようにどこかへ行ってしまった。



一晩限りの夢だとしたら、これは一体何を意味しているんだろう?
(たいした意味なんてなさそうだけどな……)
イデアパレスに戻ってきたナイツの前には、色とりどりのチューブが山積みになっている。ほとんどは青年と別れてから拾い集めたもので、何とか読めるラベルにはすべて同じ言葉が記されていた。
勇気のカケラ。
夢は人の心を反映するものだから、無意味とは思えない。
(いっそ早く目を覚ましてくれた方がオレも楽なのにな)
この味気ない世界を気に入っているなら、そんな風に考えたりはしない。まして捜し物を手伝おうなんていうお節介など絶対しない。
すべては自分のために。
再び足下の雪を蹴散らし大空へ舞い上がると、ひときわ大きな輝きが目に入った。さっきのようなチューブとは違う。透明な水晶玉に似た半球が、雪の中から顔を出していた。
ナイツが手をかざすと吸い付いてきた。全体を表したそれは紛れもない、神殿の支柱に置いてあったものと全く同じ物だった。
(イデアだよな、これ……色がない奴なんて初めて見た)
白は既にあるから、残りは4色。どれだか分からないほど色あせた透明(スケルトン)イデアを連れてイデアパレスに戻ると、青年が呆然とした顔でチューブの山を眺めていた。



違う、こんなんじゃない。
僕が探してる色はもっと、こう───深くて、清らかで、力強くて、美しくて。
こんなかすれた弱々しい色じゃないんだ。



「その調子じゃ、いつまでたっても見つからないゼ、きっと」
「……どうして?」
「探す前からそんなコト言ってるからってのもあるけど……その前にオマエは1つ勘違いしてる。色ってのはな、そうやってちっちゃな容器(いれもの)に閉じこめとくもんじゃないんだ」
ナイツは青年に手を差し出した。
「何でもいいからその辺の『弱々しい色』、1個よこせ」
青年がおずおずと差し出したチューブを受け取ると、ナイツは空いている方の手で透明イデアを捕まえ、中心に向けて突き刺すようにチューブを放り込んだ。
するとチューブが音もなく溶け始めた。そう長く待たないうちに穴が空き、目にも鮮やかな黄色があふれてきた。
「………………」
「こいつの正体は黄色(イエロー)……オマエはまだ希望を捨てちゃいないってことか」
黄色に満たされた球体はナイツの手を離れ、4本残っている支柱のうちの1本に収まった。
「どうだ? あれでもまだ弱いか?」
青年は首を横に振った。顔は納得していない様子だったが、それでも心の中で何らかの変化が起きたようだった。別のチューブを拾うと、それを真っ暗な空に向けて放り投げたのだ。
白い点が遠ざかり見えなくなった後、コバルトブルーがはじけた。
黒と碧(あお)が混ざり合いながら空を滑り落ちる。その様にしばらく見とれていた青年はゆっくりうなずくと、足下に散らばったチューブを数本掴んで再び投げた。



ドキュメンタリー番組の早回しのような光景が繰り広げられた。
空は黒から紺、深緑、薄青、淡い黄色からオレンジへと移り変わり、やがて白い塊にも違うようにも見える朝日が姿を現す。
大地を覆っていた雪も次第に溶け始め、草原の中にせせらぎを作った。まだ生き物の気配はないが、出てくるのも時間の問題のように思える。
いや、気持ちの問題とでも言った方がいいのかも知れない。



「……さて」
青年がほとんどのチューブから色を解放した頃、ナイツは神殿の床に残っていた物のうちいくつかを選び出して両手に持った。
「そろそろオレの色を返してもらおうか」
両手のチューブをまとめて握りつぶすと、いくらかは手の中に染みこんでナイツの身体全体に行き渡った。他は周りに飛び散り、神殿をパステルカラーに染めた。
灰色の体が紫に彩られたのを見て、青年はさらに驚いたようだった。
「君の、色……」
「次はオマエの番だな。自分の色、探しに行こうゼ!」
ナイツは唯一白黒のままでいる青年の手を取り、力強く床を蹴った。
次の瞬間、2人は一体となって朝焼けの空を飛んでいた───

 


スマブラよりポケモンより古いつきあいの彼を抜きにして、私がゲームを語るなんてきっと出来ない。
……というわけで書いた短編。
書きますという最初の宣言から4年。長すぎ。
実際の着手から完成まで1週間。自分にしては早すぎ。
まあ、悪いことではないですけどね。