第9話 〜初雪〜


 寝不足の結果であるうつろな目で、ダイアナはモニターのスイッチを入れた。まだ鳥かごの中で眠るカラスの頭にヘルメットを着け、そこから伸びているコードの端をモニターにつなげる。瞬時に、妖精を連れて知り合いの家を訪れる子供の姿が映った。見張らせたときの記憶がそのまま投影されている。
 "灯火"の弱点は好奇心。自分の感覚ではただの幻でしかない「幽霊」に、本気で怯えていた。幼児に等しい知能と抵抗力しか持たないから、今のうちなら捕まえるのはたやすい。そのはずだった。
 何なの、あの光?
 妖精を守る子供は邪魔。幻を一瞬で消し去った、灯火と呼ぶにふさわしい光はもっと邪魔。丹精込めて作り出した魔物を、2人とも簡単に倒してしまう。
 どうして、勝てないの?


 1時間目の授業が始まって10分ほど経った頃、教室の後ろのドアが静かに開いた。
 クラスメート達は一瞬だけ振り返ったが、すぐ頭を元の向きに戻した。遅刻魔の途中参加はいつものこと。先生でさえ何も言わなかった。頭ごなしに叱っても効果がないことくらい知っているからだ。
「すいません、遅れました」
 当の遅刻魔、ティオも既に開き直っている。軽く頭を下げ、自分の席に着いた。
 授業が終わり休み時間になってすぐ、唯一ホームルームに出ていないティオにレイが声をかけた。
「次の理科、外でやるんだって」
「え? 先生そんなこと言ってたっけ?」
「急に決まったみたいだよ」
「ふーん……」
 普段は教室の近くにある実験室で授業を行うのだが、今日は校庭。植物の観察でもするのだろうか。12月だというのに。
 それでもチェリーからは片時も目を離せない。けれど制服に付いているポケットはどれも小さく、隠れるには向かない。
 邪魔になるのを承知の上で、ティオは鞄ごと妖精を連れ出した。
 その様子を少し離れたところで見ている人がいた。ジュンという女の子で、彼らのクラスメートだ。
(あんなのいらないのに、どうして持ってくんだろう? そういえば体育の時もいつも……)
 ジュンは一度教室を出ていこうとしてから、忘れ物に気づいた様子で取りに戻った。この頃には生徒のほとんどが移動し、彼女に注目する人は誰もいない。
 自分の机に片方の手をかけ、もう片方の手を、隣の席に置き去りにされた紙袋に伸ばす。
(悪いけどもらってくわよ)
 布製の小銭入れをセーターの下に隠し、ジュンは教室を後にした。


 外に出た途端、冷たい風を全身に浴びた子供達は、一斉に寒い寒いとわめき始めた。わずかな濃淡のある鉛色の空の下、校庭の中央で理科の先生が手招きしている。彼は染みひとつない白衣の内側にマフラーを巻いていた。
「先生、何でこんな時に外でやるんだよぉ」
 オーバーコートにマフラー、手袋、耳当て、毛糸の帽子。ポケットにはカイロが2つ。その他思いつくだけの防寒グッズで身を固めたジーノは、それでも足りないのか文句を言っている。先生は笑いながら、空を指して言った。
「今、この天気でしかできないこともあるんだよ。ほら……見えるかい?」
 いつの間にか暗い空を背景に、無数の白い粒が狂ったように踊っていた。
「寒いわけだ……」
「先生、遊んでいいですか?」
「いや、まだだよ」
 先生は密集して熱を分け合う子供達の一人一人に、プリントとルーペを配った。
「今日はせっかくだから『初雪の観測』。雪の結晶を観察しよう。顕微鏡使わなくても意外と見えるものだからね。息をかけたら溶けちゃうから、気をつけてやってよ」
 どうやら先生は今日の天気を予測していたらしい。テレビなどの天気予報はどこも口をそろえて「午後から晴れ、雨や雪の確率は0%」と言っていたから、子供達にとっては予想外の幸運だった。
 終わった人から遊んでいいよ。この決定的な一言のおかげで、10分もしないうちに大量のプリントが先生の元に戻ってきた。一つとして同じ形のものを描いた人はいない。細部まで描く人。一生懸命に描いた人。明らかに手を抜いた人。生徒の個性がにじみ出た絵は、ずっと眺めていても飽きない。
 ティオは簡潔な絵を提出し、わずかに積もってきた雪をかき集めて投げた。土の混ざった塊がジーノの帽子に当たって砕け散り、それを合図に雪の投げ合いが始まった。少し後になって雪合戦に加わったレイは、実物を拡大して貼り付けたような絵を出して先生をうならせていた。
 授業が終わって教室に戻ってきた彼らは、エアコンの送風口の真下で冷えた手を暖めた。その顔は熱を帯びて赤い。
「楽しかったね……でもやっぱり寒い。大丈夫だった?」
 ティオはさりげなく鞄を開け、その中に声をかけた。他の人には、隣にいるレイに話しかけたように見えたかもしれない。しかし誰からも応答はない。
「……あれ?」
 首をかしげ、鞄の中を手で探る。
「あれ?」
 中身を一つずつ取り出す。
「おかしいな……」
 ついに鞄をひっくり返した。先生に見つかったら取り上げられそうな物も含め、ティオの持ち物は全て机の上にぶちまけられた。でも、彼が探しているものはどこにも見当たらないようだ。突然の行動を不思議に思ったレイは、極限まで青ざめた友人の顔をのぞき込んだ。
「……ティオ、どうした?」
 震える口からわずかな声がこぼれる。
「……チェリーが……いない……」
「えっ!?」
 責任を果たせなかった。もしこのことがリゲルに知られたら、きっと痛い目では済まない。口に出さなくても、視線がそう訴えていた。
 焦る2人はもちろん、窓越しに雪が舞う空を眺める子供達さえも、帰ってきていない友達がもう1人いることには全く気づいていなかった。


 薄暗い廊下に声が響く。
「もしもーし? 聞こえてるのぉ?」
 廊下に並んだ扉の一つが、わずかに開いている。声はそこから漏れているようだ。
「今さら後悔したって遅いのよ、もう作戦始めちゃったんでしょ?」
 安楽椅子に深く腰を下ろしたクリスは、片耳に携帯電話を当てて話していた。相手はもちろん、妖精強奪の「作戦」に赴いた同僚である。
「……計画が狂った? どういうこと? ……あ、ありがとね」
 給仕の格好をした男が、コーヒーカップと砂糖菓子を運んできた。整った顔立ちで好青年という形容が似合いそうだが、その肌の色はどう見ても生きている人のそれとは思えなかった。
「下がっていいわよ。……それで?邪魔が入ったんでしょ……あら」
 白く細い指がカップの取っ手に絡みつく。
 部屋の奥に置かれた本棚が本来の位置から1メートルほど横にずれていて、四角い空洞の入口が姿を見せていた。分かりやすい隠し階段の中に、主人の指示を受けた給仕が消えていく。
「妖精が引き離されたのね……それなら逆に好都合じゃない」
 砂糖さえ入れていない黒い液体に、薄化粧をした顔が映った。笑みを浮かべている。
「……ところでアンタ、自分が悪者じゃないかって考えてるでしょ?」
『だってそうでしょう!? 言い伝えが間違ってなければ、私達「聖なる光」を潰そうとしてるのよ、それのどこが正義なの? もう嫌よ、私……』
「お黙り」
 クリスはコーヒーを一口すすってから、興奮している電話の相手を強い口調で叱りつけた。
「よく聞きなさい。アンタは何のために戦ってるの? あの方に、陛下に仕えているからには、それなりの理由があるんでしょ?」
『………………』
「恋と戦争にはね、正義も悪もないの。みんな自分のために力を尽くしてるのよ。どっちが正しいかなんてアタシにも分からない……決着が付くまでは誰にも分からない。だから」
 指に挟まれた砂糖菓子は、軽く力を入れただけでもろく崩れた。クリスは最後の言葉を伝えると、手の中に残った塊を口の中に放り込んだ。
「自分の信じる道を行きなさい。アタシに言えるのはそれだけよ」


 3年の教室、窓際の一番後ろの席で、レナードは外を眺めていた。授業中だというのに、先生の話を完全に無視している。
 視線の先、薄く雪の積もった校庭では1年生のあるクラスが遊んでいた。双眼鏡がなくても、秋に赴任してきたばかりの理科教師の顔が分かる。観察授業にかこつけて自分も遊ぶつもりなのか。彼の性格を考えると、それは十分にあり得る。
 数式を黒板に描いたサマンサが、自分の席に戻ろうと振り返った。よそ見をしている生徒を1人見つけ、先生に目配せする。数秒後に先生がレナードを指名し数式についての質問をすると、わずかな間を置いて教科書の棒読みという形の返答が来た。教室中がざわめいた。
「君、もう少し普通に読めないのか」
 普通に読んでもつまらない、とでも言いたそうな表情を浮かべながら、レナードは校庭を歩く1人の少女を目で追っていた。少女は時々立ち止まってあたりを見回し、校庭の隅にある体育館へ少しずつ近づいている。
(あの辺は確かヤバイ奴らのたまり場……ほっとけないな)
 倉庫と塀の隙間に消えた少女は、両手で何か握っているようだった。寒いから手を擦り合わせているというのなら分かるが、どうもそんな風には見えない。
「先生」
 レナードはようやく前を向き、片手をまっすぐ挙げた。
「気分が悪いんで、保健室行ってきます」


 日当たりの悪い体育館裏は、いつでも冷たい空気に覆われている。雪が降るともっと寒い。散り尽くした落ち葉の吹き溜まりは、学校の“秩序を乱す人”達の吹き溜まりでもあった。
 無法者の巣窟に顔を出したジュンは、セーターの袖に隠していた物をコンクリートの地面に落とした。
「先輩、持ってきました」
 何人かの男女が顔を出し、ぬくもりの残る数個の財布を手に取った。
「たったこれだけぇ?」
 10個以上の目に睨まれた1年生は黙ったまま、片手にずっと握りしめていた物を見せた。財布の中身を手にした"先輩"は目を丸くした。
 半透明の羽を持つ妖精が、何も知らずに眠っている。
「何だよこれ……生き物?」
 さらに別の人が奥から出てきて、妙な生き物に触れようとした。ピンク色の髪が北風に揺れる。
「面白い……高く売れるかも」
 誰かの指が羽に触れると、ぴくぴくと動く。
「でも、売るってどこに?」
 薄い水色の目がわずかに開いて、また閉じる。
「適当なとこでいいんだよ、こんな風にこそこそ金集めなくても、一生遊んで暮らせるだろ」
 ジュンは今さらながら後悔していた。持ち主が目を離した隙に荷物を片っ端から探ったところ、無防備な姿をさらす妖精に出くわした。財布と一緒に持ってきたのは、自分の身を守るため。背中の傷が痛む。2度と味わいたくない、過去の苦しみが脳裏によみがえる。
「でかした、ジュン。お前もたまにはいいコトするじゃねえか」
 その背中を先輩の1人が強く叩いた。顔をゆがませるジュンとは対照的に、彼らは上機嫌だ。もちろん、ジュンは自分のしたことが「いいこと」じゃないと分かっている。
 やっぱり返してこよう。その方が自分も後で後悔しない。
「あのぉ───」
 返してください。その一言が言えない。飲み込んだ言葉を、もう一度吐き出そうとしたその時。
「……みゅ……?」
 妖精が目を覚ました。寒さに震えながら、自分を守ってくれる人の姿を探す。
「……てぃお……どこ? いない、いないのぉ……」
 360度、知らない人しか見当たらない。見た目はただの人間でも、チェリーにとって彼らは魔物に等しい存在だった。大きな目にためきれない涙が、ぼろぼろとこぼれ落ちていく。
「……うみゅう……」
 そして、チェリーを囲む彼らの背後に、また別の影が見えた。ガサガサという音を耳にした人間達が振り返る。
 建物と壁の間にある狭い隙間を、明らかに人間のものでない影が前後からふさいでいた。
 視界が暗くなる。体育館の屋根の上に、何かがいる。

 「………………!!」

 校庭の一角から空へ上る光の柱は、ティオ達がいる教室からもはっきりと見えた。淡いピンク色を帯びた白い光には見覚えがある。ケンおじさんの家を訪れたとき、地下迷宮で同じ色を見た。
「間違いないよ、あれは……」
 ティオとレイは顔を見合わせ同時にうなずくと、相次いで教室を飛び出した。今が休み時間でなくてもそうしたことだろう。窓に貼り付くように外を見ていたジーノ達が、走り出した2人を慌てて追った。
「おーい、待てよぉっ! 危ないって、化け物がいるのにぃっ!!」
 そんなことを叫びながらも、怖いもの見たさか彼らは走るのをやめなかった。
 質問ついでに先生と話していたサマンサも、教室の窓越しに同じ光を目にした。前から懸念を抱いていた、「異形の存在」が動き始めた。生徒会長としての責任感と使命感が、急に目覚める。
「先生、後でもう1回聞きに来ます!」
 彼女もまた、教科書を机の上に置き、現場へ急いだ。もう一つの懸念──騒ぎに便乗しそうな誰かを止めるために。


 ティオは右腕で北風を集めながら、校庭を突っ切り体育倉庫に向けて走った。チェリーのSOSサインはまだ消えていない。
 目指す場所に着き、止まろうとした彼の目の前を何かが横切った。
 それが魔物だと気づいたのは、その形が崩れて土に変わった時だった。見ると足下には無数のメダルが転がっている。
「意外と来るのが遅かったな。待ってたぞ」
 光の柱のそばに、何人かの生徒がいた。立っているのは声をかけた1人だけで、他は小さくうずくまって震えている。
「……レナード先輩……?」
「さあ、お姫様。お迎えが来ましたよ」
 誰に向けての言葉かは分からないが、とにかくレナードがそう言った途端に光が消えた。
「うみゅう〜……」
 チェリーは泣き顔のまま、ティオの元に文字通り飛んでいった。涙の染みで服の色が変わっている。続いてジュンがよろよろと歩いてきた。怪物の攻撃を食らったのか、セーターがカーディガンのようになっていた。前に傾いて倒れそうになった体をレイが支え、やっと追いついたジーノに託した。
 妖精と保護者の再会を見届けたレナードの頭上、屋根の上から魚人型の魔物が奇声を上げながら飛びかかってきた。水掻きのついた手には、包丁が握られている。
「先輩、危ない……!」
 ティオ達は思わず目を覆ったが、襲われた本人は平然としていた。落ちてきた魔物をひらりとよけ、完全に無駄のない動きで回し蹴りを当てる。その一撃だけで魔物は壁に叩きつけられ、溶けるようにして跡形もなく消えた。残された包丁が地面に突き刺さる。
「ホントに雑魚(ザコ)だな」
 レナードには微笑みを浮かべる余裕さえあった。予想外の出来事に、ティオはしばらくチェリーのことさえ忘れて包丁を見ていた。
 目の前のピンチを冷静に切り抜ける。リゲルと最初に会ったときもそうだった。ここにもすごい度胸と力の持ち主がいたなんて──
「ぼーっとしてる場合か? 次はお前の番だ。見せてやれよ、本当は強いんだろ?」
 いきなり交代を言い渡されて戸惑うティオの肩を軽く叩き、レナードは奥の暗がりに潜む魔物から遠ざかった。狭い場所をふさぐようにして立っていた子供達──休み時間がもうすぐ終わることなど気にしていない──が、先輩に尊敬のまなざしを向けている。
「あいつは俺よりもっと強い。何しろあの化け物を一度に全部ぶっ飛ばせるんだからな」
「先輩、それどういうことですか?」
「見てれば分かる」
 そのやりとりは耳に入ったことだろう。仕方ないなという表情のティオはチェリーを制服のポケットに押し込み、再び前を向いた。
 積まれた木材を足場にして立つ魔物が、その手前で恐怖のあまり動けないでいる不良生徒達を見据えている。魔物の群れの先頭に、白いスーツの女がいた。
「しつこいなぁ、あのオバサンまた来てるよ」
 そうぼやいたティオのすぐ後ろで、別の方に注目していたらしいレイが言った。
「そこにいる先輩、君のにそっくりな財布持ってるけど。どうする?」
「後回し。……先輩、そのまま動かないでください。首が飛んでも知りませんよ」
 小悪党に警告を発し、彼らがさらに縮こまるのを確認してからティオは右手を構えなおした。ちょうど風が強まり、粉雪が敵の視界をさえぎっている。
<エアリーブレード!!>


 曇りガラスでできた扉に鍵をかけ、ダイアナは浴室に1人閉じこもった。バラの花びらを浮かべたバスタブにつかり、今日のことをできる限り忘れようと努める。
『よく帰ってこられたわねぇ』
 ガラス越しに、ややくぐもったクリスの声が聞こえる。
 九死に一生、といえる生還だったことに異論はない。あと少し逃げるのが遅れれば空気の刃(エアリーブレード)に巻き込まれ、胴体の上半分と下半分に永遠の別れが訪れていたのだから。
 でも、一つ気になる。彼女の前に立ちふさがって身代わりになったのは、作った覚えのない魔物だった。あれは一体誰が差し向けたものなのか。
『一応忠告しときますけどね』
 クリスは開かない扉にもたれかかり、ガラスの向こうを見ないようにして言った。そういえば今日は一度も顔を会わせていない。一番近い距離に立った今でも、2人の間には壁がある。
『まず自分を守ることを考えなさい? 陛下は相当お怒りだから。どんな命令下されるから分からないけど……アンタが思うとおりのことをやってちょうだい。命を投げ出すなんてばかげてるわ』
「そんなの当たり前よ、私は私なんだから」
 洗面器が扉にぶつかって跳ね返り、床で何回かバウンドして止まった。
 出てって。
 ダイアナは口を開かずに叫んだ。それでも気持ちは通じたのだろう、口うるさい同僚の影が視界から消えた。
 水の流れる音が、クリスの残した一言をかき消した。
「冷たいわね……せっかく助けてあげたのに」


 「何で隠してたんだよ!」
 騒ぎの元凶が跡形もなく消滅した直後、ジーノはティオの胸ぐらをつかんで問い詰めた。
「あの、これは、そのぉ……なんて言うか……えーと……」
「はっきり言え! 今すぐ、ホントのことを!!」
「落ち着けよ、ジーノ」
 しばらくしてレイが2人を引き離し、ジーノを黙らせた。
「ティオもずっと悩んでたんだ。誤解とか偏見のことだけじゃない、自分が一緒にいたら、誰かケガするかもしれないって……そうだろ?」
 返事はなかった。代わりに別の所から、小さくすすり泣く声が聞こえた。
「……うみゅ……みゅ…………」
「チェリーちゃん……大丈夫だよ、ここにいる人はみんな君の味方だから」
 ポケットから姿を見せたチェリーはレイの言葉に耳を傾けず、暗い表情でうつむくティオの顔をのぞき込んだ。
「あれ? そういえば、レナード先輩は?」
 誰かがそんなことを言った。そのレナードは、ようやく現れたサマンサに事情を説明しているようだった。なぜか謝るように頭を下げている。
「怒られてるのかな……さっきはあんなにかっこよかったのに」
「やっぱり噂は本当なのかな」
「噂? 入学早々、因縁つけてきた先輩をぶっ飛ばしたってやつ?」
「そうじゃなくて、詳しいこと知らないけど……サマンサ先輩に弱み握られてて逆らえないって話」
 いかにもそんな感じだった。黙っていたジーノが突然笑い出し、周りもそれにつられて笑った。


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