エピソード 〜発表会終了後〜


 普段着に着替えて楽屋から出てきた吹奏楽部員達はいずれも片手にそれぞれの楽器、もう片方の手に花束を抱えていた。
 ジーノ達が事前に計画した通り、クラス全員がお金を出し合って買った花束が手渡されたのは、本番が終わった直後のこと。緊張で紅潮したトムはぎこちなく笑っている。
「無事に終わって良かったよ。ひやひやしたところもあったけど、なんとか間違えずに済んだし」
 レイは友達のとは別に、こっそり顔を出したチェリーから小さな花束を受け取った。フルートが戻ってこなければ彼の笑顔は見られなかっただろう。本当に良かった。ティオはほっと胸をなで下ろした。
 楽屋外の廊下に群がる子供達の後ろを、荷物を抱えた会場スタッフが歩いていく。
「いいなぁ、あのジャケット。かっこいい」
 遠ざかる後ろ姿を見た誰かが言った。黒地に白いラインと「STAFF」の字が入ったジャケットは確かに、一度着てみたいと思わせるデザインだった。同じ格好をした大人がさらに数人、うっとうしそうに子供を払いのけながら通り過ぎていく。
(あれ……今のは……?)
 最後尾の1人に見覚えがあるような気がしたティオは、気がついたらその名を呼んでいた。
「リゲル? こんな所で何してるんだよ」
 言ってから、人違いかもしれない、と思って口をふさいだが遅かった。
 黒いスポーツキャップを目深にかぶったそのスタッフが立ち止まり、なんだこいつとでも言うようにじろじろとティオを眺め──来た道を足早に戻ってきた。そしてにやりと笑い、手に持っていた段ボール箱を渡しながら言った。
「よく分かったな。完璧な変装だと思ってたんだけど」
「あ……当たりだったんだ。びっくりした、髪の色違うから別人かと思ったよ」
 別人と疑いたくもなる。キャップの隙間からのぞいている前髪は、どう見ても濃い茶色だった。目立つ色の三つ編みを無理やり入れている為なのだろう、頭頂部が不自然にふくらんでいる。
「あ、これ? 付け毛。色のことうるさく言う奴がいるから」
「だったら最初から緑にしなければ……あ、そういえば地毛なんだっけ。それで、どうしてここに?」
「見ての通り、ここの裏方。働かないと食っていけないし」
 リゲルはどうやらアルバイトで生計を立てているらしい。そういえば最初にティオと会ったときは薄汚れた作業着を着ていた。他にも色々なことをやっているのだろう。
「それじゃ、俺はまだ運ぶものが残ってるからもう行く。それ、ホールの外にトラックが止まってるから、そこまで持ってけよ」
 そう言うとリゲルは箱から手を離し、どこかへ行ってしまった。ティオは重い箱を突き返そうとしたがもう遅かった。結局その箱を運ぶ羽目になった彼に、友人達の同情の視線が向けられた。
「今の、知り合い?」
「うん……こんなことなら声かけるんじゃなかった……」
 ティオは深いため息をつくと、ふらふらとした足取りで楽屋を離れていった。
「あーあ、仕事押しつけられちゃって、可哀想に。……それとも、いい気味か?」
 手伝おうともせずくすくす笑いながら見送っていたジーノ達は、さらに重そうな箱を持って戻ってきたリゲルを見るなり一目散に逃げ出した。


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