まずブラッキーに与えられた課題は、『カラカラの石の鉢』。
「……なんだそれは?」
「カラカラは頭に骨をかぶっていますよね。あの骨で作った鉢です」
かぐや姫はほんの少しのヒントしかよこさなかった。
一見珍しくもないように思える。しかし、それはただの骨ではない。
翁によれば、何でも神様が作ったとか言う伝説の鉢なのだとか。
「そんな鉢が一体どこにあるというのか……」
「この先の岩山にいるヨーギラスが持ってるみたいよ」
ブラッキーが振り返ると、そこには従者のニューラとヤミカラスがいた。
ブラッキーは日頃からこの賢い2匹を気に入っていて、いつも一緒に出かけていた。
「岩山? なんだ、近いじゃないか」
3匹はさっそく岩山へ向かった。
しばらく歩くと、岩山の下に洞窟があった。
ここに石でできた物を集めているというヨーギラスがいるのだという。
ヨーギラスは突然の客に驚きながらも、3匹を喜んで迎え入れた。
「ずいぶんたくさんの物が置いてあるな」
岩をくりぬいて作られた棚は何段もあり、そこには石でできたさまざまな「コレクション」が並んでいた。
ヨーギラスは得意げに、1つ1つを説明してくれた。
その中に白っぽい鉢を見つけたのはヤミカラスだった。
「あのー、この上の棚に置いてあるのは何ですか?」
「それは『カラカラの石の鉢』と言ってな、とても珍しい物なんだ。
話を聞いてから何年も探し回って、やっと見つけた物さ」
「なにぃ!?」
ブラッキーは驚いた。こんなにあっさり見つかるとは思わなかったのだ。
「それを探していたんだ。頼む、この鉢を譲ってくれないか?」
「それは無理だな。世界に2つとないのに、そう簡単に譲れるか」
「俺の大事な物と交換しよう。それでいいか」
「お前の大事な物? たぶん鉢ほどの価値はないだろうから断る」
「じゃあ借りるだけでも……」
「それもだめだ。盗まれたりしたら大変だからね」
ヨーギラスはいっこうに取り合わない。
「あームカつく。こんな奴なんかほっといて帰ろう!」
「そうだそうだ」
最初にしびれを切らしたのはニューラ。ヤミカラスもそれに続く。
ブラッキーは仕方ないなという顔をして引き返した。
「あいつもひどいわよね。そんなに私たちのことが信用できないのかしら」
ニューラがぶつぶつ言っている。
「盗まれたりしたら……ちゃんと返すつもりでいたんだけどな……」
ブラッキーは残念そうだ。鉢がないと姫の元には帰れないのだから。
「それだ! その方法があるじゃない!!」
「え?」
「夜になればあいつだって寝てるはず。その間に盗んじゃえば……」
ニューラがにやりと笑う。
「なるほど、その方法があったか」
他の2匹も賛成らしい。さすがあくタイプ。
満月が山の頂上に近づいた頃、3匹は洞窟の入り口にいた。
中は静かだ。やはりヨーギラスは眠っているようだ。
(作戦開始だ。絶対に物音を立てるなよ)
ブラッキーが小声で合図をすると、3匹は忍び足で中に入り、鉢の置いてある棚の前に着いた。
全員がもともと夜行性なので、暗くても周りの様子がはっきりと分かる。
そしてヤミカラスがそっと飛んでいき、鉢をくわえて……
(あっ、鉢が落ちる!)
くちばしから滑り落ちた鉢を、ブラッキーとニューラがあわてて受け止めた。
(危なかった……)
3匹はまたしても忍び足で出ていった。
ブラッキーはその足でかぐや姫の家に向かった。それはちょうど夜が明けた頃だった。
「こんな朝からどうしましたかな」
「実はこんな物を持ってきましてね……」
いきなりたたき起こされ、寝ぼけまなこで応対した翁にブラッキーは鉢を差し出した。
「!!」
翁の眠気がいっぺんに覚めた。あわてて翁が姫に鉢を見せると、姫も驚いた。
「まさか本当に持ってくるとは……」
しかし鉢をじっくり見た姫は、すぐに鉢をブラッキーの元へ送り返した。
「えっ? どうして?」
「『カラカラの石の鉢』は、独特の光沢があると聞いています。
この鉢にせめて露ほどの光があれば、認めたのですが……」
見ると鉢は光っている。しかしそれは朝日を反射しているだけで、暗い所に持っていくと光は消えてしまう。
しばらく呆然とする3匹。ヨーギラスに見せてもらったときは、確かに光沢があったのだ。
「確かあの時は、明かりなんてほとんどないに等しかったのよね」
「それどころか鉢が明かり代わりだったような……」
「……やられたわね」
「あっ! 待ってください!」
ブラッキーはがっくりと肩を落とし、鉢を門の外に捨てて立ち去った。従者達は急いで後を追った。
次の夜、3匹はまたしても洞窟の前にいた。今度こそ本物を奪うつもりなのだろう。
そして忍び足で中に入ると、洞窟の奥が明るいことに気がついた。たき火でもしているのだろうか。
「まずいな……まだ起きてるのか」
「もう少し待ちましょう」
しばらく待つ。そのうち、視線の先が暗くなり始めた。
「火が消えたか。そろそろ行こう」
「いや、あれは違います! 誰かの影のような……」
「あの影って見覚えがある……もしや……」
『バンギラス!?』
3匹の声が見事にそろった。天井まで影が届いているところを見ると、実体も相当な大きさがあると思われる。
その前に、普段宮廷からあまり出ない貴公子が、レベルの高いバンギラスに勝てるはずがない。
「なんか……叫び声のような物が聞こえる……」
「どうする? 勝ち目ないけど……」
従者達も声が震えている。目を合わせただけで、次の行動が決まった。
『逃げろ〜〜〜〜〜〜!!!』
数分後……
「全く馬鹿な奴らだな。よく正体を確かめもしないで」
「とにかく鉢が無事でよかったわね」
ヨーギラスはブラッキー達が立ち去ったのを確認して、別の鉢に盛った土をほおばった。
その隣で、ムウマが宝物の鉢を眺めていた。そう、彼女(?)が叫び声の正体だ。
「おいしいの? 土って」
「ああ。この土は特別にとっておいた物で、その鉢を探すついでに手に入れたんだ。
月の石のかけらが混ざっているから甘いのかな」
「月の石って……どこにあったのよ」
「お月見山。今度連れて行ってやろうか」
「遠慮しとく。そんなの食べたりしてばちが当たっても知らないわよ」
ヨーギラスはそばに置いてある板をちらっと見た。
「これも役に立ったし、あとでストライクにお礼を言わないと」
板はバンギラスの形に切られていた。
「貴公子が泥棒、か。東宮(帝の跡継ぎ)になり損ねたのも当然だろうな」
夜の洞窟に、2匹の笑い声が響いていた。
……ブラッキー、戦闘不能……