三 カラカラの石の鉢


 まずブラッキーに与えられた課題は、『カラカラの石の鉢』。
「……なんだそれは?」
「カラカラは頭に骨をかぶっていますよね。あの骨で作った鉢です」
かぐや姫はほんの少しのヒントしかよこさなかった。
一見珍しくもないように思える。しかし、それはただの骨ではない。
翁によれば、何でも神様が作ったとか言う伝説の鉢なのだとか。
「そんな鉢が一体どこにあるというのか……」
「この先の岩山にいるヨーギラスが持ってるみたいよ」
ブラッキーが振り返ると、そこには従者のニューラとヤミカラスがいた。
ブラッキーは日頃からこの賢い2匹を気に入っていて、いつも一緒に出かけていた。
「岩山? なんだ、近いじゃないか」
3匹はさっそく岩山へ向かった。


 しばらく歩くと、岩山の下に洞窟があった。
ここに石でできた物を集めているというヨーギラスがいるのだという。
ヨーギラスは突然の客に驚きながらも、3匹を喜んで迎え入れた。
「ずいぶんたくさんの物が置いてあるな」
岩をくりぬいて作られた棚は何段もあり、そこには石でできたさまざまな「コレクション」が並んでいた。
ヨーギラスは得意げに、1つ1つを説明してくれた。
その中に白っぽい鉢を見つけたのはヤミカラスだった。
「あのー、この上の棚に置いてあるのは何ですか?」
「それは『カラカラの石の鉢』と言ってな、とても珍しい物なんだ。
 話を聞いてから何年も探し回って、やっと見つけた物さ」
「なにぃ!?」
ブラッキーは驚いた。こんなにあっさり見つかるとは思わなかったのだ。
「それを探していたんだ。頼む、この鉢を譲ってくれないか?」
「それは無理だな。世界に2つとないのに、そう簡単に譲れるか」
「俺の大事な物と交換しよう。それでいいか」
「お前の大事な物? たぶん鉢ほどの価値はないだろうから断る」
「じゃあ借りるだけでも……」
「それもだめだ。盗まれたりしたら大変だからね」
ヨーギラスはいっこうに取り合わない。
「あームカつく。こんな奴なんかほっといて帰ろう!」
「そうだそうだ」
最初にしびれを切らしたのはニューラ。ヤミカラスもそれに続く。
ブラッキーは仕方ないなという顔をして引き返した。


 「あいつもひどいわよね。そんなに私たちのことが信用できないのかしら」
ニューラがぶつぶつ言っている。
「盗まれたりしたら……ちゃんと返すつもりでいたんだけどな……」
ブラッキーは残念そうだ。鉢がないと姫の元には帰れないのだから。
「それだ! その方法があるじゃない!!」
「え?」
「夜になればあいつだって寝てるはず。その間に盗んじゃえば……」
ニューラがにやりと笑う。
「なるほど、その方法があったか」
他の2匹も賛成らしい。さすがあくタイプ。


 満月が山の頂上に近づいた頃、3匹は洞窟の入り口にいた。
中は静かだ。やはりヨーギラスは眠っているようだ。
(作戦開始だ。絶対に物音を立てるなよ)
ブラッキーが小声で合図をすると、3匹は忍び足で中に入り、鉢の置いてある棚の前に着いた。
全員がもともと夜行性なので、暗くても周りの様子がはっきりと分かる。
そしてヤミカラスがそっと飛んでいき、鉢をくわえて……
(あっ、鉢が落ちる!)
くちばしから滑り落ちた鉢を、ブラッキーとニューラがあわてて受け止めた。
(危なかった……)
3匹はまたしても忍び足で出ていった。


 ブラッキーはその足でかぐや姫の家に向かった。それはちょうど夜が明けた頃だった。
「こんな朝からどうしましたかな」
「実はこんな物を持ってきましてね……」
いきなりたたき起こされ、寝ぼけまなこで応対した翁にブラッキーは鉢を差し出した。
「!!」
翁の眠気がいっぺんに覚めた。あわてて翁が姫に鉢を見せると、姫も驚いた。
「まさか本当に持ってくるとは……」
しかし鉢をじっくり見た姫は、すぐに鉢をブラッキーの元へ送り返した。
「えっ? どうして?」
「『カラカラの石の鉢』は、独特の光沢があると聞いています。
 この鉢にせめて露ほどの光があれば、認めたのですが……」
見ると鉢は光っている。しかしそれは朝日を反射しているだけで、暗い所に持っていくと光は消えてしまう。
しばらく呆然とする3匹。ヨーギラスに見せてもらったときは、確かに光沢があったのだ。
「確かあの時は、明かりなんてほとんどないに等しかったのよね」
「それどころか鉢が明かり代わりだったような……」
「……やられたわね」
「あっ! 待ってください!」
ブラッキーはがっくりと肩を落とし、鉢を門の外に捨てて立ち去った。従者達は急いで後を追った。


 次の夜、3匹はまたしても洞窟の前にいた。今度こそ本物を奪うつもりなのだろう。
そして忍び足で中に入ると、洞窟の奥が明るいことに気がついた。たき火でもしているのだろうか。
「まずいな……まだ起きてるのか」
「もう少し待ちましょう」
しばらく待つ。そのうち、視線の先が暗くなり始めた。
「火が消えたか。そろそろ行こう」
「いや、あれは違います! 誰かの影のような……」
「あの影って見覚えがある……もしや……」
『バンギラス!?』
3匹の声が見事にそろった。天井まで影が届いているところを見ると、実体も相当な大きさがあると思われる。
その前に、普段宮廷からあまり出ない貴公子が、レベルの高いバンギラスに勝てるはずがない。
「なんか……叫び声のような物が聞こえる……」
「どうする? 勝ち目ないけど……」
従者達も声が震えている。目を合わせただけで、次の行動が決まった。
『逃げろ〜〜〜〜〜〜!!!』


 数分後……
「全く馬鹿な奴らだな。よく正体を確かめもしないで」
「とにかく鉢が無事でよかったわね」
ヨーギラスはブラッキー達が立ち去ったのを確認して、別の鉢に盛った土をほおばった。
その隣で、ムウマが宝物の鉢を眺めていた。そう、彼女(?)が叫び声の正体だ。
「おいしいの? 土って」
「ああ。この土は特別にとっておいた物で、その鉢を探すついでに手に入れたんだ。
 月の石のかけらが混ざっているから甘いのかな」
「月の石って……どこにあったのよ」
「お月見山。今度連れて行ってやろうか」
「遠慮しとく。そんなの食べたりしてばちが当たっても知らないわよ」
ヨーギラスはそばに置いてある板をちらっと見た。
「これも役に立ったし、あとでストライクにお礼を言わないと」
板はバンギラスの形に切られていた。
「貴公子が泥棒、か。東宮(帝の跡継ぎ)になり損ねたのも当然だろうな」
夜の洞窟に、2匹の笑い声が響いていた。


……ブラッキー、戦闘不能……


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