ここはフスベと呼ばれる町。
山奥にあるこの地には昔から、竜が住むという伝説があった。
それもただの伝説で済まされるものではなく、今でも目撃例があるという。
そんな町の入り口で一休みしているのは、マリルとコダック。
主人の大納言シャワーズの言いつけで『ハクリューの首の玉』を取りに来たのだ。
「はぁー……いくら美しいかぐや姫が欲しいからって、竜を探せだなんて……」
「目的は首に付いている玉……えっと、どんなのだったっけ」
「五色に光るきれいな玉、って噂だけど。
それにしても『見つけるまで帰ってくるな!』なんて言われたし、どうする?」
「どうするって……探すしか……」
「そんな玉が存在するかも分からないのに?」
「…………」
ずっと座っていても仕方がないので、2匹は町へ入っていった。
シャワーズ本人は自分の家にいた。
かぐや姫を迎えるために別邸を建てさせ、彼は期待に胸を膨らませながら家ができる様子を眺めていた。
「ハクリューの首の玉があればかぐや姫は私のもの。
本当にある物を指定してくれるなんて、姫はやっぱり私に気があるのかな〜」
他の宝物も実在することは知らないらしい。
「まったく……何なのあの態度は……」
彼がかぐや姫の話を聞く以前の恋人(?)、トサキントはシャワーズの心変わりが当然面白くない。
家来達が帰ってこないこと、かぐや姫が他の男と結ばれることをひそかに願っていた。
さて、フスベの2匹は町の裏にある山のふもとにいた。
目の前には洞窟がある。ここが「竜の穴」と呼ばれ、竜の目撃例が相次ぐ場所だった。
「この中に入るのか? やめておいた方がいいと思うんだけど……」
案内を頼まれたゼニガメはそう言って町に逃げ帰った。残された2匹は洞窟に入った。
中には大きな池があり、奥の方は暗くて見えない。
とりあえず奥に進もうと思い、マリルは池を泳ぎ始めた。
「……コダック?」
泳ごうとしないでぼーっとしているコダックを池に放り込もうとするマリル。
しかし、はたと手が止まった。
「ごめん、確か泳げないんだよね。ここで待ってて」
前に海水浴に行ったとき、彼が溺れたことを思い出したのだ。
マリルはコダックを置いて奥へ行ってしまった。
「……遅いな」
数日しかたっていないのに、早くも待ちきれない様子のシャワーズ。
待つばかりでは何にもならないと思い、自分もフスベへ行くことにした。
長い道のりを走ってフスベに着いたシャワーズは、マリル達の行方を町中で聞いて回った。
すると「竜の穴」に向かうのを見たという情報が入った。
2匹を案内したというゼニガメを連れてこさせ、シャワーズは「竜の穴」へ向かった。
ゼニガメは友人のワニノコを呼んできていた。
「高貴な身分の方に何かあっても1人では対処できませんから」
「単に竜が怖いだけじゃないの?」
洞窟の中に入ると、池のほとりにコダックがいた。
「マリルはどこへ行った?」
「奥に行ったまま帰ってきませんけど……」
「ええっ!?」
全員が驚いた。コダックによれば相当時間がたっているというのに、まだ戻らないなんて。
いったい何があったのだろうか。
一同がしばらく待っていると、奥の方から何か流れてきた。水に浮いているそれは……
「マリル!!」
大きな氷の塊に閉じこめられたマリルだった。
シャワーズが氷を砕いてマリルを救出すると、すぐに事情を聞いた。
「それが……」
コダックを置いて泳いでいったマリルは、光のほとんど届かない奥の方に小さな島を見つけた。
ちょうど疲れてきた頃だったので一休みしようと思い、島に上がったマリルはあるものに気がついた。
なんと1匹のハクリューが堂々とそこに横たわっていたのだ。
首にはうわさ通りきれいな玉がついている。
早速玉を取ろうと、ハクリューのそばまで行って手を伸ばすと……
「そこでハクリューが目を覚ましたんです」
ハクリューは寝ぼけているのか、マリルが自分の昼寝を邪魔しようと思いこんだ。
(実際にそうなのだが)
そしてハクリューは怒りだし、マリルに冷凍ビームを浴びせたのだった。
「ハクリューがまだ怒っているとしたら危険です。今のうちにあきらめた方が……」
「私はかぐや姫をあきらめきれないからここにいるのだ。何としても玉を持ち帰らなければ」
「あそこに船があります。あれに乗りましょう」
ワニノコが少し離れた岸を指さした。
「いい考えだな」
全員が賛成し、船に乗り込んだ。ワニノコとゼニガメが船をこいだ。
しばらくするとマリルの言うとおり島があったが、ハクリューはもういなかった。
それぞれが明かりを手にし、島とその周辺を手分けして探した。
さんざん探してもハクリューは見つからず、仕方なくシャワーズ達は帰ることにした。
いらだちからシャワーズは足下の石を拾い、奥に広がる空間へ力一杯投げつけた。
そして船に戻り、出口に向けて出発した。
……と、その時。
「あ、あれ!?見てください!」
マリルは島の方角を見つめながら言った。
視線の先ではいつの間にか水が激しく渦を巻いている。
「まさか……」
シャワーズは渦の中心を見つめ、ゼニガメとワニノコは青ざめ、コダックは……首をかしげた。
次の瞬間渦の中心が盛り上がり、先程まで探していたものが姿を現した。
「やっぱり怒ってます!」
マリルが叫んだ。ハクリューの額にはコブが1つ……シャワーズの投げた石が命中したのだろう。
ハクリューはシャワーズをにらみつけると、突然襲いかかってきた。
ゼニガメ達は全速力で船を漕ぎ、必死に逃げようとした。
「まずい……なんとかできないものか……」
シャワーズはハクリューに向けて息を吹きかけた。
あたりが白い霧に包まれ、一瞬ハクリューの視界から船が消えた。しかし直後に風が霧を消した。
ハクリューの起こした暴風雨はもう少しで船をこなごなに……
そんなときに突然コダックが船の中で転げ回り……
「おいコダック、こんな時に何やってるんだ……!?」
船が光に包まれた。
「危なかった……」
「竜の穴」の入り口で、シャワーズ達は倒れていた。
コダックが念力で暴風を押し返さなかったら、全員が池の底に沈んでいたことだろう。
ハクリューには逃げられたが、今は生きていること自体が嬉しかった。
「もう2度とこんな事はしたくないよ」
「だからやめろと言ったのに……」
疲れ果てているにもかかわらず、愚痴をこぼす気力だけはあるゼニガメとワニノコ。
マリルとコダックは何も言おうとしない。
「かぐや姫……何故あなたはこんな危険なことをさせるのでしょう……」
祈るようにつぶやいたシャワーズの心に、突然トサキントの顔が浮かんだ。
命が惜しくて逃げ帰ったという情けない話をもし彼女が聞いたら、腹を抱えて笑い転げるに違いない。
……シャワーズ、戦闘不能……