六 ハクリューの首の玉


 ここはフスベと呼ばれる町。
山奥にあるこの地には昔から、竜が住むという伝説があった。
それもただの伝説で済まされるものではなく、今でも目撃例があるという。
 そんな町の入り口で一休みしているのは、マリルとコダック。
主人の大納言シャワーズの言いつけで『ハクリューの首の玉』を取りに来たのだ。
「はぁー……いくら美しいかぐや姫が欲しいからって、竜を探せだなんて……」
「目的は首に付いている玉……えっと、どんなのだったっけ」
「五色に光るきれいな玉、って噂だけど。
 それにしても『見つけるまで帰ってくるな!』なんて言われたし、どうする?」
「どうするって……探すしか……」
「そんな玉が存在するかも分からないのに?」
「…………」
ずっと座っていても仕方がないので、2匹は町へ入っていった。


 シャワーズ本人は自分の家にいた。
かぐや姫を迎えるために別邸を建てさせ、彼は期待に胸を膨らませながら家ができる様子を眺めていた。
「ハクリューの首の玉があればかぐや姫は私のもの。
 本当にある物を指定してくれるなんて、姫はやっぱり私に気があるのかな〜」
他の宝物も実在することは知らないらしい。
「まったく……何なのあの態度は……」
彼がかぐや姫の話を聞く以前の恋人(?)、トサキントはシャワーズの心変わりが当然面白くない。
家来達が帰ってこないこと、かぐや姫が他の男と結ばれることをひそかに願っていた。


 さて、フスベの2匹は町の裏にある山のふもとにいた。
目の前には洞窟がある。ここが「竜の穴」と呼ばれ、竜の目撃例が相次ぐ場所だった。
「この中に入るのか? やめておいた方がいいと思うんだけど……」
案内を頼まれたゼニガメはそう言って町に逃げ帰った。残された2匹は洞窟に入った。
中には大きな池があり、奥の方は暗くて見えない。
とりあえず奥に進もうと思い、マリルは池を泳ぎ始めた。
「……コダック?」
泳ごうとしないでぼーっとしているコダックを池に放り込もうとするマリル。
しかし、はたと手が止まった。
「ごめん、確か泳げないんだよね。ここで待ってて」
前に海水浴に行ったとき、彼が溺れたことを思い出したのだ。
マリルはコダックを置いて奥へ行ってしまった。


 「……遅いな」
数日しかたっていないのに、早くも待ちきれない様子のシャワーズ。
待つばかりでは何にもならないと思い、自分もフスベへ行くことにした。
 長い道のりを走ってフスベに着いたシャワーズは、マリル達の行方を町中で聞いて回った。
すると「竜の穴」に向かうのを見たという情報が入った。
2匹を案内したというゼニガメを連れてこさせ、シャワーズは「竜の穴」へ向かった。
ゼニガメは友人のワニノコを呼んできていた。
「高貴な身分の方に何かあっても1人では対処できませんから」
「単に竜が怖いだけじゃないの?」
洞窟の中に入ると、池のほとりにコダックがいた。
「マリルはどこへ行った?」
「奥に行ったまま帰ってきませんけど……」
「ええっ!?」
全員が驚いた。コダックによれば相当時間がたっているというのに、まだ戻らないなんて。
いったい何があったのだろうか。
 一同がしばらく待っていると、奥の方から何か流れてきた。水に浮いているそれは……
「マリル!!」
大きな氷の塊に閉じこめられたマリルだった。
シャワーズが氷を砕いてマリルを救出すると、すぐに事情を聞いた。
「それが……」


 コダックを置いて泳いでいったマリルは、光のほとんど届かない奥の方に小さな島を見つけた。
ちょうど疲れてきた頃だったので一休みしようと思い、島に上がったマリルはあるものに気がついた。
なんと1匹のハクリューが堂々とそこに横たわっていたのだ。
首にはうわさ通りきれいな玉がついている。
早速玉を取ろうと、ハクリューのそばまで行って手を伸ばすと……
「そこでハクリューが目を覚ましたんです」
ハクリューは寝ぼけているのか、マリルが自分の昼寝を邪魔しようと思いこんだ。
(実際にそうなのだが)
そしてハクリューは怒りだし、マリルに冷凍ビームを浴びせたのだった。


 「ハクリューがまだ怒っているとしたら危険です。今のうちにあきらめた方が……」
「私はかぐや姫をあきらめきれないからここにいるのだ。何としても玉を持ち帰らなければ」
「あそこに船があります。あれに乗りましょう」
ワニノコが少し離れた岸を指さした。
「いい考えだな」
全員が賛成し、船に乗り込んだ。ワニノコとゼニガメが船をこいだ。
 しばらくするとマリルの言うとおり島があったが、ハクリューはもういなかった。
それぞれが明かりを手にし、島とその周辺を手分けして探した。


 さんざん探してもハクリューは見つからず、仕方なくシャワーズ達は帰ることにした。
いらだちからシャワーズは足下の石を拾い、奥に広がる空間へ力一杯投げつけた。
そして船に戻り、出口に向けて出発した。
……と、その時。
「あ、あれ!?見てください!」
マリルは島の方角を見つめながら言った。
視線の先ではいつの間にか水が激しく渦を巻いている。
「まさか……」
シャワーズは渦の中心を見つめ、ゼニガメとワニノコは青ざめ、コダックは……首をかしげた。
次の瞬間渦の中心が盛り上がり、先程まで探していたものが姿を現した。
「やっぱり怒ってます!」
 マリルが叫んだ。ハクリューの額にはコブが1つ……シャワーズの投げた石が命中したのだろう。
ハクリューはシャワーズをにらみつけると、突然襲いかかってきた。
ゼニガメ達は全速力で船を漕ぎ、必死に逃げようとした。
「まずい……なんとかできないものか……」
シャワーズはハクリューに向けて息を吹きかけた。
あたりが白い霧に包まれ、一瞬ハクリューの視界から船が消えた。しかし直後に風が霧を消した。
 ハクリューの起こした暴風雨はもう少しで船をこなごなに……
そんなときに突然コダックが船の中で転げ回り……
「おいコダック、こんな時に何やってるんだ……!?」
船が光に包まれた。


 「危なかった……」
「竜の穴」の入り口で、シャワーズ達は倒れていた。
コダックが念力で暴風を押し返さなかったら、全員が池の底に沈んでいたことだろう。
ハクリューには逃げられたが、今は生きていること自体が嬉しかった。
「もう2度とこんな事はしたくないよ」
「だからやめろと言ったのに……」
疲れ果てているにもかかわらず、愚痴をこぼす気力だけはあるゼニガメとワニノコ。
マリルとコダックは何も言おうとしない。
「かぐや姫……何故あなたはこんな危険なことをさせるのでしょう……」
祈るようにつぶやいたシャワーズの心に、突然トサキントの顔が浮かんだ。
命が惜しくて逃げ帰ったという情けない話をもし彼女が聞いたら、腹を抱えて笑い転げるに違いない。


……シャワーズ、戦闘不能……


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