九 天の羽衣


 帝が姫の家を訪れてから数ヶ月後、かぐや姫は夜ごとに月を眺めては泣くようになった。
それが気になった翁はかぐや姫に理由を聞いてみた。
かぐや姫は「何となく悲しくなるから」とだけ答えた。
「月を見なければいいじゃないか。そうすれば悲しまなくて済む」
「でも月を見ないわけにはいかないのです」
 翁の提案もあっけなく否定された。しばらくこんな日が続いた。


 数週間たって、かぐや姫はますます嘆き悲しむようになった。
理由を尋ねてきた翁にかぐや姫はついに口を開いた。
「今まで言おうかと思ったことは何度もありましたが、きっと悲しむと思って今まで黙ってきました。
 しかしずっとそうしているわけにはいきません」
「一体何があったのですか」
媼もかぐや姫の元に来た。かぐや姫は育ての親に真実を告げた。
「私は実は月の国の者なのです。わけあってこの地に来ていたのですが、もう月に帰らなければならないのです。
 次の満月の夜に迎えが来ます。あなた方とお別れしなくてはならないのが悲しいのです」
「あなたはとても小さかったのを私が育て、ここまで大きくなったのです。
 それを迎えに来るだなんて……」
「次の満月……3日後じゃないですか!」
翁も媼もショックを隠しきれなかった。当然だろう。
彼らにとってかぐや姫は大切な娘なのだから。


 「月に……帰るだと……?」
帝の元にかぐや姫の言葉が伝えられたのは翌日の早朝。
同時に話は貴公子達にも伝わった。
彼らはすぐに帝の元に集まった。そして全員で力を合わせ、かぐや姫を守ることにした。
 ブラッキーはヨーギラスを訪ね、協力を要請した。
 彼はむっとしながらも、親友を連れて都に上った。
 エーフィは自分を吹っ飛ばした匠達を集め、玉の枝を溶かして
 黄金の弓を作らせた。今度は先に報酬を払っておいた。
 ブースターはかつての家来、そしてヒノアラシと仲間達を呼んできた。
 彼らとの仲直りにも成功した。
 シャワーズはおそるおそる「竜の穴」へ行き、ハクリューに助けを願った。
 ハクリューは話を聞き、喜んで引き受けた。
 サンダースは再びウバメの森へ入り、ピジョットの背に乗って帰ってきた。
 その後ろに多くのポッポとピジョンがついてきた。
 帝は自分の兵を招集し、また離島に住む親友のルギアにも応援を頼んだ。


 こうして当日の夕方、翁の家にはあわせて2000匹もの兵が集結した。
家の扉と窓はすべて閉じ、何重にも鍵をかけた。
かぐや姫は一番奥の部屋で媼に抱かれて泣いていた。
翁は家の玄関に立ち、エーフィの持ってきた弓を手に月が出るのを待っていた。
兵は家の周りを取り囲み、一部は屋根の上で待機した。


 真夜中になり、満月が高くまで昇った。
すると突然家の周りの空が明るくなった。それは帝の前でかぐや姫が放った光よりもずっと明るかった。
 そして月の方から、雲に乗った天人──ピッピ達が降りてきた。
雲が屋根の高さまで近づくと、ピッピ達は指を振りながら歌い始めた。
これを見た兵達の心は、何かに縛られたような感じで、対抗して戦おうとする気力もなくなってしまった。
何とか立ってピッピ達に立ち向かおうとする者もいたが、手に力が入らず、
ぐったりとして、壁にもたれかかって体を支えるのがやっとだった。
「おい、大丈夫だから落ちつけって! 何がそんなに怖いんだよ!?」
ヨーギラスだけは以前月の石を食べたせいか、力が抜けることはなかった。
しかし彼はおじけづいて逃げ出そうとするムウマを引き留めるのに必死で、攻撃どころではなかった。


 雲が地上すれすれのところで止まり、天人の王と思われるピクシーがピッピ達の先頭に立った。
そして翁に、かぐや姫を出すよう言った。翁はひれ伏すだけで答えない。
ピクシーが手に持っている白い石──それはきれいに磨かれた月の石だった──を掲げると、家中の窓や扉がひとりでに開いた。
媼に抱かれているかぐや姫が外に出てきた。
引き留められそうにないので媼はただ泣いていた。翁も泣いていた。かぐや姫は
「私も心ならずともこうして連れ去られるのですから、せめて天に昇るその最後だけでも見送ってください」
と言ったが、翁は
「お見送りしたって悲しいだけです。私を置いて行ってしまうのですか。私も一緒に行かせてください」
と泣きながら言うのでかぐや姫は戸惑ってしまった。
「手紙を置いておきます。私がいなくて寂しいときに読んでください」
かぐや姫は手紙を書いた。

『この地に生まれたというのならあなた方が嘆くのを見ないで済む時まで一緒にいたでしょう。何とも心残りでなりません。
せめて私が今脱ぎ置く衣を形見と思ってください。月の出る夜は私を思い出して下さい。』

 1匹のピッピが2つの箱を持ってきた。
1つには天の羽衣が、もう1つには不死の薬が入っていた。
ピッピに勧められてかぐや姫は薬を少しなめ、残りを先程まで着ていた上着に包もうとした。
しかしピッピはそれを止め、かぐや姫に天の羽衣を着せようとした。
かぐや姫はピッピに
「少し待って下さい。まだやることがあるのです」
といい、帝と貴公子達にも手紙を書いた。ピッピは「早く」といらいらして待っていた。
かぐや姫は薬を近くにいた兵の1匹に預けた。
 すべてを終えたかぐや姫にピクシーは月の石を渡し、天の羽衣を着せた。
その場でプクリンに進化し、羽衣の効果で翁をかわいそうと思う気持ちを失ったかぐや姫は、雲に乗って月へ行ってしまった。


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