第7話 〜迷宮〜


 『この花束をケンの所に届けてね』
 日曜日の午後になる少し前。目を覚ましたティオが今に入ってくると、テーブルの上に大きな花束と手紙が残されていた。
 休日返上で働く意欲は分かるけど、少しはこっちのことも考えてよ。
 それしか頭に浮かばなかった。
 問題の「ケン」は両親の古くからの友人で、町はずれに一人きりで住んでいる。自分に子供がいないせいか、ティオをやたらかわいがるのだ。
「どうしよう……」
 ティオは昨夜のうちに「明日はレイと一緒に出かけるから」と言っておいたはずだ。昨日の今日で忘れるとは思えないのに、どうして?
 ガサガサと何かを探る音がしたので見ると、チェリーが花束に首を突っ込んでいた。
「みてみて、これ、おもしろい!」
 甘い香りと花粉を髪にくっつけた妖精を引っ張り出すと、両手でカードを抱えていた。
「おてがみ?なんてよむの?」
「えーと……Happy Birthday……ああ、なるほど」
 カードの文面から、今日でなければいけない理由が分かった。去年までは仕事を休んででも駆けつけていた両親は、大事な友達の誕生日だというのにうっかり仕事を入れたことに気づき、息子を代わりに行かせれば機嫌を損ねることもないと思ったのだろう。
「チェリー、僕はこれから出かけるんだけど、一緒に行く?」
「おでかけ? いく!」
「分かった」
 電話の前に立ったティオは受話器を取り、親友の家の電話番号を押した。


 「本当にごめん、こんな事につきあわせて」
「気にしなくていいよ。どうせ元の予定も大した用事じゃないし。あんな所いつだって行けるよ」
 花束を抱えているためにほとんど前が見えないティオを、並んで歩いているレイが誘導している。
 チェリーは花と散々戯れた後、その中に埋もれて眠っている。今日は幸運にも彼女を狙う魔物は一度も現れなかった。その魔物が出現するのを待つ人々──カメラを構えた怪しい人とか、テレビの撮影スタッフらしき一団とか──とは幾度かすれ違ったが。
 電車に乗り、そこから7駅先で降りて改札口を出た。その頃からティオの足取りはさらに重くなった。ティオはケンのことがあまり好きではない。彼自身はいい人だと分かっているのだが、その家を訪ねるたびに何故かトラブルが起こるのだ。
「犬に追い回されたり、階段から落ちたり、部屋に鍵かけられて出られなくなったり……ろくな事がないんだよなぁ」
「大変だね……」
 そんな風に話しているうちに、2人は1軒の大きな家の前にやってきた。古ぼけた木造のこの建物こそ、ケンの自宅である。
 インターホンを押しても反応がないので、ティオは黙って門を開けた。
「こういうときは何回呼んでも無駄なんだって。外にいるって事だから」
 ティオはレイにそう説明し、家に入ろうとはせず壁沿いに歩いて裏側へ回った。枯れた雑草に覆われた庭を柵が囲い、その奥には墓地が見える。それだけで何だか不気味だ。
 家の真裏へ来てみると、誰かの話し声が聞こえた。足音に気づいて振り返ったのは、白髪交じりの頭と無精ひげの目立つ男だった。
「やあ、来てくれたんだね」
 穏やかな声で話しかけてきたこの人がケンだった。彼は丸縁のメガネの角度を直し、友人の息子の顔をじっと眺めてから、家に入るよう勧めた。
「どういうわけか今年はみんな忙しいみたいでね。ティオ君は優しいなぁ、お友達まで連れてわざわざ遊びに来てくれるなんて」
 花束を手渡されたケンはとても嬉しそうだ。客人を応接室に通し、花を花瓶に移そうと包みをほどくと、カードを抱えたチェリーが転がり出てきた。
「……!!」
「おや、これもプレゼントかな?」
「ちっ、違います! これは、その……」
 チェリーをケンの手からひったくるように取り返したティオは、何とかごまかしてその場を切り抜けようとした。が、ポケットに押し込む直前にチェリーが目を覚ましてしまった。
「うみゅ〜……みゅ? ここ、どこ?」
「ほぉ。その小さい子もお友達かい?」
 ティオはチェリーを無防備な状態で放っておいたことをひどく後悔したが、既に遅かった。彼女は優しそうな顔のケンを「いい人」と判断したのか、早速なついている。そしてケンは何故か、妖精を前にしても驚いた様子を見せない。
「かわいいねぇ。そうだ、台所にお菓子があるはずだ。持ってくるからちょっと待っててくれないかな」
 そう言うとケンはチェリーを机の上に座らせ、部屋を出ていった。客用の椅子の1つに座ったレイは、隣で青ざめているティオの言葉に納得がいかないらしく首をかしげた。
「どう見ても普通の人なんだけど……」
「おじさん自身はね。でも……さ」
「チェリーちゃんのこと? 別にいいじゃないか、友達が増えるのはいいことだし。それに、そうむやみに隠すこともないと思うんだけど」
「いや、そういうことじゃなくて」
「いきなり妖精が出てきたのに、全然びっくりしてないって事?」
「その話じゃないよ。……さっき、おじさんは裏庭で何か話してたよね」
「それがどうかした?」
「僕達が来たときには、もう誰もいなかった。独り言だったとは思えないし、あの時一体誰と話してたんだろう?」
「考えすぎだよ」
 そこへケンが、クッキーを載せた大皿を持って戻ってきた。チェリーは目を輝かせ、すぐにクッキーを手にとって食べ始めた。ティオ達も少々遠慮気味に手を伸ばし、ケンはそれを嬉しそうに眺めながら近況を尋ねてきた。
 その様子を、窓の外の木に止まった1羽のカラスが見ていた。


 闇色に塗られた空間に、薄明かりに照らされた玉座が浮かび上がる。そこからかなり離れた位置にひざまずくダイアナからは、玉座の大まかな形とそこに座る者の足しか見えない。
(この演出、何とかならないの……?)
 自分の姿を見せようとしない上、失敗を繰り返す自分を罰するどころか「次の作戦に移れ」などと言う城の主に、ダイアナは苛立ちを覚えていた。これが世界の支配をもくろんでいる(としか思えない行動をする)人物の態度なのだろうか。
 報告を終えてからクリスの部屋に顔を出そうとしたダイアナだったが、留守だった。
 彼は時々黙っていなくなる。どこに行ってたのと聞いても、何故かウインクをしてから話をそらしてしまう。
(まあ、答える義務なんてないけどね)
 何を考えているのか分からない。周囲にはそんな人ばかりだ。ダイアナは、自分の気持ちが明らかにこの場から離れていることを自覚していた。


 3人がケンの家を訪れてから、2時間以上が経った。
 一見、和やかな雰囲気に見えるが、ティオだけはいまだに裏庭にいた「誰か」に対する不安のようなものを抱えていた。光の加減のせいかどうか、指輪の石がやや黒ずんで見えるのも気になる。それに外から見られているような感覚もあった。しかし怪しい人や物は何一つ見当たらない。
「……そうか、それで?」
「えーと……」
 レイはケンに尋ねられ、自分の視点からの状況説明をしていた。ティオの発揮した能力については何故か本人に口止めされたので言わなかった。
 今まで巻き込まれた事件の話の数々を、ケンだけでなくチェリーも真剣に聞いていた。ただ彼女には分からない表現があるのか、時々質問してくる。
  カタン…………
 誰もいないはずの部屋の外で物音がした。
 ケンが腰を上げたが、それより先に走りだしたのは一刻も早くこの場を離れたいティオだった。応接室から廊下に出てみるが、何も見当たらない。
「みゅ?」
 チェリーがティオの後を追って外に出てきたその時、
   バンッ!!
 開け放しにしていた応接室の扉が突然音を立てて閉まった。
 ドアノブを回しても、叩いてもびくともしない扉に慌てたのは、閉め出されたティオだけではなかった。部屋に閉じこめられる形になったレイ達にも、鍵をかけた覚えはないというのだ。
 向こうから叩く音が聞こえるし、振動も伝わってくる。しかし、
「おかしいよ、全然動かない!」
 分厚い木の板を挟んで3人は知恵を絞ったが、扉が開く気配はなかった。
 数分後、
「うーん……よし、ティオ君、そこで待っててくれないか。私が何とかしてみる」
 ケンの声が途絶えた直後、廊下の明かりが一斉に消えた。
「停電!? ……そっちは大丈夫?」
 ティオは扉の向こうに呼びかけたが、返事はなかった。窓のない廊下は真っ暗で何も見えない。でも、なぜか自分達の姿は見える。
「……チェリー?」
「こわいよぉ……」
 不思議に思いながらも、ティオは泣き出したチェリーの頭を優しくなでた。
「怖くないよ、僕もちゃんとここにいるから」
 近くに引き寄せて初めて分かったのだが、チェリーの身体が光を発していた。
 ティオはふと宝箱の裏に刻まれた詩を思いだした。「灯火」という言葉。わざわざ訳文をよこしたリゲルが、詩の内容とチェリーの存在を無関係と考えるはずがない。
(光ってる……確かに、明かりにはなってるけど……)
 チェリーは泣きやんでしばらくすると再び宙に浮き、辺りをきょろきょろと見回してから廊下の奥へ行こうとした。ティオは止めようとしたが、チェリーがどんどん先へ行ってしまったため、仕方なくついていくことにした。
 応接室から遠ざかるにつれ、空気が冷たくなっているような気がする。「明かり」はあるのでつまずいたり壁にぶつかったりする心配はないものの、別の不安がティオの頭の中で渦巻いていた。
 ここに来たときに感じた不安。口に出すのも恐ろしい、あの気配。
「みゅ」
 チェリーは廊下の突き当たりで立ち止まった。壁に掛けられた若い女性の絵よりも、それを納めた額縁に興味を持ったらしく近づいて眺めている。
「その額縁がどうかした?」
 ティオが額縁に触れると、絵の方が遠ざかり始めた。壁そのものが音を立てずに奥へ動き、隠されていた床がむき出しになる。その中央に、地下へ続く階段が現れた。
(ありがちな展開だけど……まあ、いいか)


 応接室の唯一の扉が、ほぼ一定の間隔を置いて激しく揺れる。廊下側に開くはずの扉を動かそうと、レイが体当たりを繰り返しているのだ。
「ダメだ……びくともしない。さっきからティオの声も聞こえなくなってるし……」
「やっぱりダメだった? それじゃ、いったん休もうか」
 ケンが戻ってきた。何か使える物はないかと部屋中をあさっていたが、結局有効な手段は見つからなかったらしい。
 レイは新しく入れてもらった紅茶を飲みながら、原因や対策について思いを巡らせた。
 何もできないまま、時間だけが過ぎる。
「あれ?」
 しばらくして、ケンは扉が開いていることに気づいた。懐中電灯を片手に暗い廊下へ出てみると、奥へ逃げていく白い影が見えた。一瞬だけその形をはっきりと見たケンは、レイを呼んでから一緒に影を追った。
 壁の向こうの隠し階段は、家の所有者であるケンも知らなかったという。積もったほこりの中にくっきり残った足跡を頼りに、2人はティオを捜した。明かりが全くないはずの状態で、彼はどうやって道を見つけたのだろう。
 階段の終わりが石でできた地下通路につながっていて、その先には無数の部屋があった。静まりかえった中で、遠くで水滴の落ちる音が聞こえる。
「確かこの辺は墓地の真下……戦争の時には地下牢があったと聞いている。まだ残ってたのか……」
 通路の間を時々先ほどの白い影が横切り、その度にケンは足を止めた。十数回の遭遇の後、向こうから光が近づいてくるのが見えた。
「みゅ!」
「あれ、2人ともどうしてこんな所に……」
 冷たい石の迷宮を歩き回っていたティオ達も、同じ白い影を何度か見たという。同じ疑問を抱いた3人が話している間に、チェリーはふらふらと先へ行ってしまった。
「さっきから何か探してるらしいんだ。……待ってよ、勝手に行ったらダメだって言ってるのに」
 ティオが呼び止めるとチェリーは振り返って止まったが、3人が追いつくとまた進み始めた。「何かに吸い寄せられるような」という表現がふさわしい、そんな飛び方だった。いくつか角を曲がり、ずっと昔の牢獄を覗き込みながら進むうちに、彼女は1つの部屋の前で止まって動かなくなった。
「みてみて、あれ、きらきら、きらきらしてるの」
 チェリーは数本の格子が残された部屋の中を指して、嬉しそうに笑った。ケンが中に入ってみると、床の上に1枚のメダルが落ちていた。
「これのことかな? チェリーちゃん」
 メダルを拾った途端、(妖精を含めた)4人は揃って背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 誰かがこっちを見ている。
「………………」
 ほんの一瞬。1度だけまばたきをした、その瞬間。
 無数の「白い影」が現れて4人を取り囲んでいた。
「ここに住んでた人達、かな……」
「いや、今も住んでるんだろうね。私達に出て行けと言いたいようだけど、大人しく帰るかい?」
 寒気がしたにもかかわらず、ケンはいつもの穏やかな笑顔でそう言った。そして通路に出ると、足早に元来た道を戻り始めた。その後ろに続いて歩きながらレイが尋ねる。
「……さっきの階段の場所、覚えてるんですか?」
「なんとなく、だけどね」
(不安だ……僕達も人のこと言えないけど……)
 影、つまり人の姿をとった幽霊は彼らの後をぴったり付けてくる。取り憑いたりする素振りは見せないものの、傍にいるだけでチェリーを怯えさせる効果はあった。その証拠に、体から発する光が弱くなっている。さらに飛行スピードと高さも落ちてきた。
 ティオはこんな事を予想さえしていなかった。敵を探し出す能力。正しい道を照らす灯火。意外な弱点。話はますます複雑な方向に進んでいる。それでも、何があってもチェリーは守らなくてはいけない。迫ってくる幽霊を見て泣いている彼女を、使命とかそういうのがなくても放っておけない。
(でも、幽霊に攻撃なんてできるのかな……?)
「おかしいなぁ、確かこの辺なんだけど」
 かすかな記憶と方向感覚を頼りに歩いていたケンだったが、やはり道に迷ったようだ。同じような造りの部屋が数え切れないほど並んでいるのだから仕方ないのだが、彼の態度には全く緊張感が見られない。レイの問いかけにも平然とした態度で答えている。
「平気なんですか? ずっと追ってきてるのに」
「あそこにいるとまずいのかなって思ったから逃げたんだけどね、ついてくるとは思わなかったな。……私はね、幽霊とかは平気なんだよ。慣れてるから」
(今、何かさりげなく凄いことを言ったような……?)
 よく見ると、無数の幽霊はきれいな円を描いて人間達を取り囲んでいた。その中心はケンの立っている位置にある。彼の手には、先ほど拾ったメダルが握られている。
「みゅ? みゅう……」
 怯えるチェリーは光がほとんど確認できないほど弱っている。レイ達が持っている懐中電灯もいつ電池切れになるか分からない。暗闇が迫り来る。
 両腕(?)を伸ばし、幽霊がさらに距離を縮めた。白く淡い光が、妖精の羽に触れる──


 迷宮全体が閃光に包まれた。


 3人が目を開けたとき、幽霊達の姿は消えていた。
 チェリーの体が何かの爆発のように強い光を発したことは覚えている。あまりのまぶしさに彼女の姿を正視できなかった。
「今のは一体……」
 そのチェリーは何事もなかったような顔をしているが、まだ光は回復しない。機械仕掛けのわずかな明かりだけが、暗い廊下を照らす。
「さて、あの人達は逃げたみたいだけど……問題は私達の方だ。仲間入りはごめんだからねぇ」
 シャレにならないことを言って笑うケンの前に、突然1人(?)の幽霊が現れた。髪の長い女性の姿で、全身が青白く見える。幽霊は別の通路を指すと、「ついてきて」というように手招きした。
「行こう。出口を教えてくれるみたいだ」
 ケンはあっさり幽霊についていった。身構えていた子供達も後に続いた。他に頼るものもないし、敵と決める証拠もない。
 少し行ったところに、来たときとは違う石の階段があった。それは上へと続いていて、懐中電灯を向けると出口が金属の板でふさがれていた。
「あれ、動かせるのかい?」
 ケンが尋ねると幽霊はうなずいた。彼が登ってみて板を持ち上げると、隙間からパラパラと土が降ってきた。その向こうに白い世界が広がっている。
「確かに外だ……」
 板と地面の隙間を広げると、外にある物がはっきり見えるようになった。
 ケンは外に出ると、周りの雑草を数本引き抜いてから板をどけた。続いてレイが、そしてチェリーを抱えたティオが地下から脱出すると、板は元に戻された。その上に立った幽霊は、微笑みを浮かべながら消えてしまった。
 冷たい風が吹き、木の枝がざわざわ揺れた。
「これ、なぁに?」
 チェリーが板の横にある石板を指した。地下牢の上に立つ墓地の中で、その石の周りは特にきれいに草が刈り取られている。
「まさか、こんな所に出口が埋まってるなんて思わなかったなぁ」
 ケンは墓石の前で手を合わせた。
「ここには私の妻が眠っている。ティオ君は会ったことあるんだけど、覚えてるかな?」
「えーと……」
「小さい頃の話だし、やっぱり忘れてるかな。ほら、家の中に肖像画があっただろう?」
「そういえば、さっきの人ともなんとなく似てたような……」
 墓前にひざまずいていたレイは顔を上げ、立ち上がって風下を見た。枯れたススキが柵に沿って並び、無数の穂がまとまって1つの生き物のように揺れ動く。柵の向こうに見える家の壁も、背景の空も色あせたように見える。
「やっぱりあの世でじっとしているのもつまらないんだろうね、時々ここに遊びに来るんだよ」
 ケンは家へ戻る途中、2人の来客にそう言った。
「でも何故かあの柵は越えられないらしいんだ。だから今日みたいに私が裏庭に出て、柵越しに話すんだよ。見ただろう?」
「おしゃべり? ちぇりー、おじさんと、いっぱいおしゃべりしたよー」
「そうだねぇ。……最高の誕生日になったよ」
 4種類の笑い声が、乾いた秋の空に吸い込まれていった。


 どこにあるとも分からない城の一室に、ガラスの割れる音が響いた。
 モニターの前面に赤い液体が伝い、それが入っていたグラスを投げた女の顔を映し出した。その目は違う赤だった。
「荒れてるわねぇ……」
 部屋の扉にもたれかかっているクリスは、この日何度目かの同じセリフを口にした。
「ダイアナ。そんなコトして恥ずかしくない?」
 返答はなかった。モニターに映る映像が揺らぐ。中に液体が入り込んだことで機械がショートしたのか、煙を吹き出した。
「これは後で直してあげる。だから泣かないでちょうだい、アンタの任務はまだ終わってないんだから」
 クリスは懐から細い針のような物を取り出すと、モニターに突き刺した。
 同時に、開け放たれた扉から1羽のカラスが入ってきた。見張りの役目を終えた鳥はまっすぐダイアナの頭の上に止まると、叱るように後頭部をつついた。
 一度収まっていたすすり泣きが、再び聞こえてきた。


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